ただの冗談

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 痛い、俺は言った。本当はどこも痛くはなかったけれど、とっさに出た台詞だった。  すると想像通り、高峰さんは俺の衣類を剥ぎ取る手を止めた。  痛い。  そんな一言で揺らぐような決意なら、レイプなんかするもんじゃない。  速人はいつも、俺が本気で痛がっても、吐くほど嗚咽しても、絶対に手を止めたりはしあい。  世間一般の見方からすれば、高峰さんが善人で速人は悪人なんだろうけど、俺にはそうは思えなかった。  犯すなら、身体も心も犯すつもりなら、無駄な優しさなんて出すもんじゃない。  それがレイプする側のせめてもの礼儀だろう、と、イカれた俺の頭は考える。  「ごめんね。」  高峰さんの声は掠れていた。それは、今にも泣き出しそうなくらい。  大きな身体と端正な容姿を持つ大の男が、ほんの小さな男の子のように見えた。  俺はしばらく躊躇った後、自分で残りの服を脱いだ。  「これで、最後にしましょうよ。」  俺の声は掠れても震えてもいなかった。そのことに安堵しながら、俺は高峰さんの頭を胸に抱き込む。  「ちょっとだけ道を間違えただけですよ。今からでも修正はちゃんと効く。高峰さんは、頭も要領もいいんですから。」  この声が高峰さんに、優しく聞こえていればいいな、と思った。  優しくしたいと思ったのは本当だった。だって、速人に抱かれてぼろぼろになった俺を癒やしてくれたのは、確かにこの人の腕なのだから。  俺の薄い胸の中で、高峰さんは深く息を吐いた。  俺はその呼気に気がついていないふりをした。  だって、俺には高峰さんを受け入れるだけの余裕がない。  「大丈夫。高峰さんなら上手くやれますよ。」  その言葉も、慰めではなくて本気だった。  高峰さんなら上手くやれる。俺にはもう不可能なことだって。  「……きみは、最後まで優しいね。」  ぽつん、と、高峰さんが言った。  俺はそれが聞こえないふりをした。  俺は優しくなんかない。それは、俺自身が一番よく分かっている。  ただ、高峰さんが『最後』と言ってくれたことには安堵をしていた。  これで最後。もう二度と会わない。  それから俺達はセックスをした。ぽつん、ぽつん、と、お互いを思いやるような、そんなセックスを。  それからいつもの通りに、高峰さんは俺を家まで送ってくれた。  車の中では、なんの話もしなかった。ただ、黙っていた。  そして、車から降りるとき、高峰さんは俺を引き寄せ、キスをした。  長い口づけだった。俺はじっとして、高峰さんの唇の温度を記憶に刻みつけていた。
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