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前を歩くハルの袖を引っ張る。
「ねぇ、ハル、なにか言って」
「なんて言って欲しいの?」
「ずるいよ。そんな質問してこないで。ハルは、わたしと別れたいの?」
「嫌だ」
「ならどうしてこんなギリギリまで、なにも言ってくれなかったの?」
ハルがわたしを見下ろす。
「迷っていた。アヤになんて言えばいいのか、言葉を探していた。ぼくは日本にいつ戻って来られるかわからない。アヤのことを考えれば、このままの関係は良くないと思った」
「ハルは、わたしと別れてもいいの?」
「嫌だ。でも、自分自身どうなるかわからない未来に、アヤを巻き込めない」
「ハル、巻き込んでよ。未来なんて、誰もがみな、どうなるかわからないんだから。安心できる未来が約束されている人なんて、この世にひとりだっていない。もし、自分は違うなんて思っている人がいたとしたら、その人は、錯覚しているだけなんだよ」
平和な世界。
安全な世界。
また、明日ねと、言葉を交わしたひとと会える世界。
人も物も自由に行き交いする世界。
そんな日々は奇跡だったと、わたしたちはこの十年で知ったはずだ。
「ぼくたちは、離れても大丈夫だろうか?」
ハルの瞳が揺れる。
「大丈夫だよ、ハル。わたしはハルを見失わない。遠くに離れたら、そりゃ、寂しい。絶対に泣く。だからって、反対なんかしない。応援する。全力で味方になる。わたしの好きはそれくらい大きいんだから」
「……後半のセリフ、どこかで聞いたな」
「頑張る女の子の心は、みな同じなのです」
彼と手を繋いで歩く。
本当はわたし、ハル以上に不安だ。
わたしたちは、そばにいたから、うまくいっていたのかもしれない。
離れたらどうなるのかなんて、想像もつかない。
この先の道が、見えない。
けれど、目の前にある愛情を希望をぬくもりを、掴まないなんて贅沢な真似、わたしにはできない。
一分、一秒先の未来でいい。掴んだほんの少しの未来の積み重ねが、大きな未来へと続くよう、わたしは努力し続けよう。
喧嘩もするだろう。
傷つけあうだろう。
それでも、その相手は、他の誰でもなくハルがいい。
それほどに、わたしは彼が好きなのだ。
混沌とした先にのびるふたりの歩く道が、どうか長く交わっていきますように。ハルの笑顔と、わたしの笑顔が続きますように。
ハルに抱きしめられる。
ハルの匂いに包まれる。
大好きだよ、ハル。
今日の日を、わたしは忘れない。
(おしまい)
☆お読みいただきありがとうございました。仲町鹿乃子
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