嵐とすず

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 黒焦げの柱はむき出しになり、壁は剥がれて屋根は崩れ落ちる。猛々しい炎があちこちから舌を出し、まるで火を吐く蛇のよう。黒い煙が上がった先に広がる星空は不思議に美しく見えて、俺たちは手をつないだまま、ずっとその夜空を見上げていた。  俺たちは、生まれたときからずっと一緒だった。一卵性の双子のということもあり、両親からとても可愛がられた。両親は俺に「すず」という名前を、妹(ここでは便宜上、妹と表現する)には「さら」という名前をつけた。愛情たっぷりに育ててくれた。  違和感を覚え始めたのは、些細なきっかけからだった。たしか、幼稚園のお遊戯会だったと思う。母はその日に向けて、せっせと自前でドレスを縫っていた。俺たち姉妹に対して、溢れんばかりの愛を注ごうとしてくれた。きっと喜んでくれると思っていたに違いない。いまの俺なら、そのあいだだけでも少し我慢して着てやったかもしれない。  けれど子供は残酷だ。俺は断固としてそのドレスを拒絶した。ズボンを穿きたかった。なぜ俺がそんな媚びたような格好をしなくてはいけないのか理解ができなかった。妹の気持ちも伝わっていた。一卵性の双子というのはそういうものだ。お互いに会話しなくても気持ちは、いつも通じている。  俺は母の縫ったドレスを破り、妹は自分のドレスをハサミで切った。ヒステリックになった母は俺たちを平手でぶち、そのまま何時間も押し入れのなかに閉じ込めた。母はきっと、承認欲求を拒絶されたことがショックだったのだろう。双子の娘たちに投影していた自己愛が傷つけられて、悔しかったのだろう。「家庭の事情で登園できなくなった」と電話で園に説明する母のひきつった声を、いまも鮮明に覚えている。  高校を卒業するまで、俺たちはたくさんの嫌がらせを受けてきたし、苦痛を経験してきた。両親はいつまでも俺たちのことを理解しようとしなかったし、教師も同級生たちも俺たちに対して軽蔑のまなざしを向けてきた。  妹は自分の名前を嫌がっていた。女みたいで嫌だと何度も涙を流していた。妹は繊細で、傷つきやすいやつだから余計に気になるんだろうと思った。俺は別に名前なんてどうでもいいから「すず」だろうが「あみ」だろうが「ゆか」だろうがなんだってよかった。でも妹は傷ついていた。  俺は妹に新しい名前を考えてあげた。ローマ字読みで「sara」、逆から読んで「aras」。だから「嵐」。妹は男らしいその名前をとても気に入ってくれて、俺と一緒にいるときだけは「嵐」という名前になった。
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