嵐とすず

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「僕さ、吐きそうだったよ」 「……嵐」 「なんであんなやつの話を」 「もう、しゃべるな」 「最悪だ、もう死んだほうが」 「しゃべるな!」  嵐の瞳から、優しさの粒が一筋になってこぼれ落ちた。その粒に蛍光灯の光が反射して、きらきらとまぶしく輝く。まるで嵐の心のように綺麗で美しい輝きだった。  俺はもう、これ以上嵐を傷つけるものが許せなかった。やっと手に入れた幸せを、またしても踏みにじろうとするやつが許せなかった。絶対に許さない。許すわけにはいかない。  俺は嵐の華奢で愛らしい手を優しく握り、そのまま鍵もかけずに外に出た。ふらふらとした足取りの嵐はまだ吐き気が残るようで、たまに立ち止まって木陰の下で嘔吐した。そのたびに俺は嵐の口を拭い、水を飲ませ、そっと背中をなでた。  レンタカーで適当な車を借り、ホームセンターに立ち寄る。スチール製の折りたたみ台車と二十リットルの灯油タンクを五つ、三本入りで百円のライターも購入した。ガソリンスタンドに向かい、すべてのタンクにたっぷりと灯油を入れる。運転中も、タンクを買うときも、ガソリンスタンドでも、俺たちは手をつないでいた。もう一秒たりとも嵐を手離さない。俺のせいで嵐が汚れた。全部俺のせいだ。許さない。許せない。  診療所の近所のコインパーキングにたどり着き、夜を待つ。俺たちは車の中でシートを倒し、お互いを抱き寄せあい、口唇を重ねた。汚されたところを綺麗にするように、丁寧に優しく舌を這わせた。嵐が泣きながら舌を絡めてきた。つらかったよな。苦しかったよな。お兄ちゃんがいま綺麗にしてやる。そう言いながら嵐の服を脱がせ、透き通るように真っ白な首筋から、細くてすべらかな足の指先まで、舌を使って綺麗にしていく。
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