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2
三回目の告白となった高校三年生の夏。記録的な猛暑日が連日続いた。
カンカン照りの日差しの中、自転車で公園へと向かう俺。
高校生活での夏休みはこれで最後となる。その前に俺にはやらなくてはならないことがあった。その為にAを公園に呼びつけていた。
うだるような真夏の暑さ。公園内に日陰はあっただろうか。待ち合わせの時間は午後一時。現在の時刻午後一時半。
だから俺は今こうして自転車を全力疾走させている。人間誰でもうっかりする生き物だ。
こんな暑さの中きっとAは公園のベンチに座りながら待っている。きっとそうに違いない。そう思い込もうとする俺。
無事に公園に到着するとベンチにAの姿はなかった。俺は肩を落とした。
すると俺の後ろ側からAの声。
「遅いよ。遅刻厳禁」
「お前今までどこにいたの?」
「あそこのコンビニの店内」
Aの指差す方を見やる俺。馴染みのコンビニの姿に俺は安堵した。
四十度近い気温の中を公園で待ち合わせだなんて俺も馬鹿なことをした。最初から公園近くのコンビニで待ち合わせにすればよかった。
「それにしても暑いね……灼熱地獄。B汗凄いよ」
Aにそう指摘され額の汗を拭う俺。
記録的な猛暑日なことだけはある。身体から自然と汗が吹き出す。Aもこの暑さには相当参っているようだった。
「なあ、もっと涼しいところ行かね?」
「公園って場所を指定してきたのはBの方でしょ、最初からクーラーの効いた屋内を指定すればよかったのに」
「ああごめん、謝るよ。市営図書館にでも行くか、あそこ涼しいし」
俺は自転車を押しながらAと連れ立って市内の図書館を目指す。
「しかし暑いなあ。地獄だよこれ」
「本当にそう、コンビニから出る時ビックリしたもん、気温差に。熱波っていう表現が適切だよねこれ」
青い空と大きな入道雲。セミのやかましい鳴き声。小学生集団すらも室内に引きこもるほどの強烈な暑さ。熱中症にはできればなりたくはない。
Aは右手にペットボトルのお茶を握っていた。
「なあA、一口飲ませてくれよ、喉カラカラで死にそう」
「ねえB、間接キスって知ってる?」
「そんなの気にしてる場合かよ、マジで死にそうなんだって、なあ頼むよ」
根負けしたAは俺にお茶の入ったペットボトルを静かに手渡した。
「恩に着るよ」
ペットボトルの蓋を開ける俺。飲み口を見て少しドキドキしていた自分がいる。
口と口とが間接的にでも触れ合う。間接キス。高校三年生。そんなことを気にする年齢、なのかもしれない。
俺は勢いよくペットボトルお茶を飲んでいく。サハラ砂漠に恵の雨とでもいうような、日照りの続いた田んぼに降る雨というか、干ばつに襲われた農村地帯に降る奇跡の雨という言い方が適切なのかもしれない。それくらいに俺の喉はカラカラの状態だった。
水分補給した俺はペットボトル蓋を閉めるとAにそれを手渡した。
それを受け取ったAは俯きながら小さく呟いた。
「間接的にでもさ……キスしちゃったね」
Aのその言葉に俺の心臓は異様な昂りをみせた。一気に顔面が熱くなり、熱波なんて比じゃないくらいに俺の身体は火照った。
俺の歩くスピードは速くなる。自転車を押して早歩きする。Aのことを置き去りにするくらいに俺の歩行スピードは勢いを増して速まった。
「ちょっとB! 歩くの速いってば!」
黙々と早歩きする俺。何故かAと距離を置きたかった。そんな気分になった。
早歩きした甲斐があったのかすぐに図書館へと俺達二人は到着した。二人とも汗だく状態。
図書館の自動扉が開かれると快適空間がそこにはあった。適温に近い温度。暑くもなく寒くもなく、まさに適温だった。
「涼しいね! やっぱり図書館は市民の味方だよ」
Aはそう言うと図書館内ソファ席へと座った。
「声静かめにな、ここはさ図書館だから」
俺はAにそう忠告すると彼女の隣に座った。
図書館内には人はあまりいなかった。
この強烈な猛暑。外出自体避けている人が多いのかもしれない。
「でさ、今日私を呼び付けたのは何か用があって? それともただの暇つぶし?」
Aにそう問われ、俺はここから核心に突く質問をAにぶつけていくことになる。
自身奥歯を器用に舐める俺。そのまま言葉を発した。
「あのさ、Aはまだ……Cのこと……好き?」
一年前に事故死したCの話題を俺は口にした。一瞬まずったかなと思った。恐る恐るAの顔色を伺ってみる。
平然とした表情で真っ直ぐ前だけを見据えてるA。俺はAの視線の先を追った。
そこにあったのはただの白い壁だった。
Aはなおも白い壁を見続ける。隣に座る俺の存在を忘れてしまったかのように。
やっちまった。まずった。俺は素直にそう思った。
「好きじゃないよ」
Aから発せられた好きじゃないよという言葉。俺は自身耳を疑った。
「もう好きじゃないよ。死んじゃったし。私そこまで子供じゃない」
『好きじゃないよ』その言葉に集約されるモノとは。つまりはAはCのことを好きではないということ。故人に想いを寄せる儚い存在なのかなと思っていたのだが、実際は違ったようだった。
俺は今から告白という行為をしようとしている。愛の告白だ。勝機はあると確信した。
「あのさ、A。俺と付き合ってよ。俺と恋人の関係になってよ。お願いだよ。一生のお願いだよ。俺お前のこと好きなんだよ」
視線をブラさないA。そのままずっと白い壁を見続けている。
「A……」
俺は彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。
ここでAが静かに口を開く。
「Bが私に告白してくるのこれで三度目だね。そこまで私のことが好きなの? 四度目の告白に挑戦する覚悟はある?」
「俺は何回だって告白するよ。それくらいAのこと想ってるし」
「だったら何でCのこと今でも好きだなんて聞いたの? Cの存在がBの弊害になってたとでもいうわけ? それはCに失礼なんじゃない? 亡くなった人は亡くなった人、もうこの世には居ないけど私の心には一生残り続けるの。死人を好きになって報われると思う? そんなの報われるわけないでしょ」
図書館内はお静かに。その張り紙が俺には目についた。
そのまま俺とAは喋らなくなり暗い沈黙ムードが色濃くその場を支配し出した。
急に寒くなってきた。この図書館、冷房が効きすぎではないのかと俺は思った。
お通夜モード突入の今、俺に出来ることと言えばAに素直に謝りの言葉を述べるくらい。告白して謝る羽目になるとは思いもしなかった。
「Aごめん……」
「これでも私に四度目の告白しようと思う?」
「……」
俺はAにそう言われ押し黙ってしまった。
「私はBからの四度目の告白も断ろうと思ってる。五度目も六度目も七度目も八度目も九度目も。多分この先一生断り続けると思うの」
「……」
いまだに白い壁を見続けながら俺とは目も合わせようとしない。怒らせちゃったかな。俺は意気消沈した。
「別にBのことを責めてるわけじゃないの。何で今になってCのことを持ち出すのかなって思って。やっぱりBにとってCの存在は弊害だったんだよ。そのことを今あなたはここで証明しているの」
「弊害だなんて……そんなこと思ってないよ……」
ようやくAは俺の方に身体を向け、俺の瞳をジッと見続けた。
ドキリとしなかったと言えば嘘になる。実際に俺の心は今現在Aに揺り動かされている。
「嘘つく人私嫌い」
Aの放ったその一言が着火点となって実際に俺は起爆した。
「嘘なんかじゃねえよ!」
静寂な図書館内に響き渡る俺の声。自分でも咄嗟に出た言葉だった。自分で言って自分で驚く。
Aは静かにソファ席から立ち上がり、そのまま図書館をあとにして行ってしまった。
それから高校卒業までAと俺は口を聞かなかった。
学舎を巣立った俺達は別々の進路へと進んだ。きっとこの先会うこともない――この時はそう思っていた。
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