新しい××の作り方

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「あたしが十五さいになったら、日がくれるちょくぜんにあのたかだいに来てね!」  ミサキちゃんにそう言われて、指切りげんまんをしたのは七年前のこと。月日が流れるのは早いなと実感する。  七年前、当時まだ六歳だった僕は親の都合で都会からこのT町に引っ越してきた。しかし生まれてからずっと都会育ちだった僕は、良く言えば地方悪く言えば田舎のT町に馴染めずにいた。学校に行っても孤立していることが多かった僕だったが、そんな僕に声をかけてくれたのがミサキちゃんだった。ミサキちゃんはクラスの……いや、学校しいては町全体の人気者で周りには常に人が誰かしらいた。しかし一人ぼっちの僕を見かねてか知らないけれど、ミサキちゃんは僕とよく放課後一緒に遊んでくれた。僕以外にも友達はいるだろうに、僕と二人でいることが多かった気がする。そんな彼女の気遣いに僕は惚れて、気が付けば七年間この片思いを温めてきた。  そして今日はそんな大好きなミサキちゃんの十五歳の誕生日。学校で派手に祝われているミサキちゃんを見て、僕は七年前のあの日彼女と約束したことを思い出していた。  本日の主役であるミサキちゃんを目で追っていると、皆が皆不思議な言葉を彼女に投げかけていることに気づいた。 「十五歳の誕生日おめでとう! ようやくククリサマになれるね! 」  「ククリサマ」とは何なのだろうか。もう七年もこの町に住んでいるのに初めて聞いた単語に僕は首を傾げる。しかし当のミサキちゃんは「ありがとう! 」と元気に笑顔で返していた。十五歳になった女の子を祝う、この町に伝わる何かしらの通過儀礼なのだろうか。  僕はククリサマなるキーワードがどうしても気になってしまい、クラスメイトや担任に聞いてみた。しかし僕がククリサマのワードを出すと、皆総じて口を閉ざす。酷い時なんか無視されることもあった。越してきてもう七年も経つのに、僕は未だによそ者扱いなのかと酷く落ち込む。  仕方ないのでミサキちゃん本人に直接ククリサマとは何なのか聞いてみた。しかし答えは「ククリサマはククリサマだよ! 」の一辺倒。結局答えはわからずじまいだった。  人に聞くのは得策ではないと思い知った僕は放課後、町の図書館へと足を運んだ。公共図書館ならククリサマに関する資料や歴史書くらいあるだろうと踏んだ僕だったが、その予想は酷く裏切られた。どこを探してもククリサマの「ク」の字がない。仕方ないので郷土史の本を数冊借りて持ち帰るも、ページをめくる音が虚しく響くだけだった。  何も成果を得られず本を投げ出した僕は、藁にも縋る思いでスマホを手に取る。ネットブラウザを開いて検索ボックスに「ククリサマとは」と打ち込んでみる。しかし出てくるのは日本書紀に出てくる菊理媛神(くくりひめのかみ)なる女神ばかり。念のためリンクを一つタップして読み込んでみるも、どうもこのT町に伝わるククリサマとは別な気がしてならない。検索ページに戻ってしばらくスクロールを続けるも、それらしきリンクが出てくる様子はなかった。  これでもダメかとスマホをベッドへ投げ捨てようとした瞬間。一つのリンクが読めと言わんばかりに飛び込んできた。  「T町に伝わるククリの儀について」と書かれたそれは、誰かがまとめたPDFファイルのようだった。  T町とは僕たちのいるこのT町でいいのだろうかと、僕は恐る恐るリンクをタップする。数行文章を読み込めば、僕のよく知るT町で間違いなかった。  僕の知りたいことがようやく知ることができるかもしれないという希望と、この先どんなことが書かれているのかわからない恐怖にスクロールする指が震える。少しずつPDFの内容が登ってくるので、ドクンドクンと激しく脈打つ心臓を落ち着かせようと唾を一口飲み込み、一文字も見落とさない覚悟で読み続けた。 『K県T町にはククリサマなる存在に対する信仰が今も色濃く残っている。』  このような文で始まったPDFファイルは以下のように続いた。 『──ククリサマとはT町で長年言い伝わっている存在で、一種の守り神的存在だと思われる。その歴史はかなり古く、少なくとも千年以上は続いていると言われている。』  大昔、この辺り一帯で起きた大飢饉が「ククリサマ信仰」の始まりらしく、所謂この土地の民間信仰らしい。数ページに渡ってこの「ククリサマ」なる神について解説されているも、口伝によるものがほとんどなのかかなり曖昧な所が多い。しかし読めば読む程、守り神というより祟り神に近い、どちらかと言えば妖怪や怪異に近い存在に見えて仕方ない。今でも言い継がれている内容はたくさんあるが、比較的ソフトな所だと「新月の夜はククリサマが町を徘徊する為、絶対家から出てはならない」「家中が酷く強い樟脳の香りで充満したら、ククリサマへのお供え物として町一番の老樹へ祝善を供えねばならない」「玄関に首の無くなった動物の死体が落ちていたら、ククリサマの花嫁衣裳を用意しなければならない」「黒の野良犬に激しく吠えられた男はククリサマに見初められた証で、紋付き袴でその身を捧げなければならない」などなど……。他は口にするのも躊躇ってしまう程、えげつない内容だ。  確かに時々真夜中に誰かが何かを引きずっていく音はしていたが、他に変な行動を取っている家庭は見たことないし、僕の家に動物の死体が落ちていたこともない。ましてや黒の野良犬なんて見たことすらない。こんなおかしなものを、先祖代々からこの町に暮らす人たちは信じているのか。この町のイカれた片鱗を目の当たりにして、僕の正気が少し削られた気がした。  だが今日会う人全員に言われていた「ククリサマになる」とはどういうことなのだろうか。また、それに対してミサキちゃんもそれに対して大層嬉しそうだったが、ククリサマについて何となく知ってしまった僕は心の片隅で何となく嫌な予感がしていた。だがその予感が的中してほしくなく、僕は見て見ぬふりをしてスクロールを続けた。 『なお、ククリサマは永遠的存在ではなく、十五年に一度新たなククリサマを誕生させねばならない。新たなククリサマが誕生した直後に産まれた女子を次のククリサマとする。ククリサマになることは大変名誉なことで、ククリサマになる女子は町で特別な存在となる。』  ミサキちゃんがククリサマになることは、産まれた時からの決定事項で変えることのできない事実のようだった。しかし、ミサキちゃんはこれから神として崇められている存在になる。もう見ないふりなんてできない程に嫌な予感が迫っていたが、それでも僕は読み続けた。 『新たなククリサマを誕生させるには「ククリの儀」なる儀式が行われ、その儀式の様から「縊様」と言われるようになったのがククリサマの由来である。』  ククリサマの本来の漢字で恐ろしい予感しか伝わってこない。それでも僕は止めなかった。 『ククリサマになる女子が十五歳の誕生日を迎えた日に儀式は行われる。これは町にある樹齢千年以上の楠の枝にもやい結びをした縄を垂らし、その真下に人ひとりが乗れそうな大きな三方を置く。ククリサマになる女子はその三方の上に立ち、そして周りに町の成人達が輪を成して呪文を唱える。この呪文は日の入りと同時に終わるよう計算して唱えられる。また、この儀式に参加できるのは基本的に町の成人のみだが、女子自ら招待した者であれば未成年でも参加できる。呪文を唱えている間、女子は自ら輪になった縄へ首を通す。』  あまりにも衝撃的な内容に、青ざめるなんて生易しく感じてしまうくらい僕は酷く動揺していた。スクロールしていた指が震えてろくに操作なんてできない。内容も入ってこないし操作もままならないが、無駄になろうとも僕は強制的にスクロールを続けた。 『呪文を唱え終え日が完全に暮れたら、斜め後ろで待機している女子の父が三方を倒し、女子は首をくくる。ククリサマとなった女子の体は頭・胴・腕・脚の四つに分けられ、町の決められた場所へ埋められる。』  ついに僕はスマホを放り投げた。それは匙を投げた的な意味ではなく、あまりの過激的な内容に恐怖して己から離れさせるかのように投げたのだ。目はこれでもかと見開いていて、下手すれば瞳孔が開いているかもしれない。あまりの恐ろしさに体全体が小刻みに震えていて、動悸が酷く激しい。  確かにこの町には「首塚・胴塚・腕塚・足塚」という名のついた地区が存在する。最初はちょっと変わった名前だなぁ程度にしか考えておらず、特に何も気にしていなかった。しかしこれを読んでしまっては……いや、考えるのを止めよう。  そして樹齢千年以上の楠。これに関してはこの町一番の高台にある。昔ミサキちゃんから、この高台は神聖な場所だからと教えられたので滅多に足を運ばなかったが、一度目にしたことはある。随分と立派な大木であり、確かに人ひとりが垂れ下がってもビクともしなさそうではあった。  なにより、僕は七年前ミサキちゃんにあの高台へ来るように約束された。それも「日が暮れる直前」と細かい時間まで指定済み。僕は、このククリの儀なる悍ましい儀式に招待されてしまったのだ。大好きなミサキちゃんが死ぬ瞬間を、ミサキちゃん本人に招待されたのだ。  僕は慌てて部屋の時計を確認する。あと十分ちょっとで日の入りだった。僕はスマホを投げ捨てたまま家を飛び出して、勢いのまま自転車で爆走する。  家から高台まで歩いて約十五分。いくら走ったとしても日の入りまで間に合わないかもしれないが、自転車ならまだ間に合う可能性がある。僕は大好きなミサキちゃんを死なせないために、例え神聖で名誉ある儀式であっても邪魔をすると今この瞬間心に決めたのだ。作戦も何も無いが、僕は僕のためにミサキちゃんを救わなければならない。町中は不気味なまでに静まり返っている。
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