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穂香がこれまでの話を頭の中で整理しようとしていると、今度はカウンセラーの女性が説明を始めた。
「今朝、あなたと智也君は駅で無優病の方に暴行を受けたと聞きました。その時も智也君は、相手に一切怒らず、自ら頭を下げた。間違いない?」
「はい。実際に殴られたのは智也だけですが……」
「その時の智也君はどんな様子だった? 自分だけが受けた理不尽な暴力を、智也君はどう感じたと思う?」
突然の質問に戸惑うが、穂香は当たり前のように答えた。
「それは当然、不満や苛立ちが、――あ」
今朝のことを思い出し、ようやく穂香は医師の言う「優しすぎる」の意味に気が付いた。穂香の表情に、医師もカウンセラーも頷く。
「智也君は、自分が頭を下げることに何の不満も覚えていなかったの。ただ、一刻も早く騒ぎを抑えたかったのね。――彼は当たり前のように、自分より見ず知らずの他人を優先したの」
悲しそうに目を伏せるカウンセラーを見て、それが智也の嘘偽りのない本心なのだと穂香もわかってしまった。そして「優しすぎる」ことがどれほど大きな問題なのかも。
自分が理不尽な目に合っても、それに対して怒れない。それは優しさではなく、自分への無関心。自己愛の決定的な不足だ。
「智也が失ったのは、自分への優しさ……?」
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