5.宣告

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「智也君は……彼の思考や行動は、そのほとんどが『誰かのため』のものだ。今日の出来事を聞いた限りでも、穂香さんのため、無優病患者のため、通りすがりの誰かのため……。すべての行動に、彼の優しさがにじみ出ている」  含みを持たせた医師の物言いに、思考停止していた穂香の脳が警鐘を鳴らす。 「初めて出会った。彼ほど優しい人間はそうはいない。すべての行動が、感情が――他人への優しさであふれている」  行動の全てが……感情の全てが優しさなら、それが無くなれば……。  言われるがままに想像しようとして、穂香は自らの体を抱いた。その想像の先にあるものが、理解したくない絶望の中にあるとわかってしまった。 「無優病はいずれすべての優しさを奪う。行動も感情も優しさでできている、そんな人間から優しさが無くなれば、あらゆる活動が無意味になる。行きつく先は……」  務めて冷静に話そうとする医師の声は、その事実を認めたくないかのように震えていた。カウンセラーは今まさに絶望に染まらんとしている穂香から、耐えきれないとばかりに目を背けた。 「廃人だ」 「嘘よッ!!」  叫び、立ち上がる。  静かな診察室の中で、穂香の荒い息遣いと倒れた椅子のキャスターだけが乾いた音を漏らしていた。 「智也君には、入院してもらうことになる。無優病であることは本人に知られてはいけない。自覚すると症状が悪化する危険があるからね」  今後のことを話していく医師に、穂香は最後の質問をする。 「無優病は、治りますか……?」  医師は目をつむり、唇を噛む。 「私は、智也君を尊敬する。この世界には本物の優しさがあるのだと、そう教えてもらった。打算も憐れみも何もない、本物の優しさが。だからこそ医者として、――今ほど悔しかったことはない」  そして深く、頭を下げた。 「私に、彼は救えない」
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