6.ただひとつの願い

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6.ただひとつの願い

 翌日から、智也の入院生活が始まった。  多くの無優病患者が精神科の隔離病棟に入院する中、智也だけは異例の措置として、隔離病棟にほど近い、一般病棟の個室入院が許可された。無優病は自覚することで悪化する。多くの無優病患者は隔離するしかない状態で入院するが、智也の場合はそれがあてはまらない。智也が一般病棟に入院できたのは、少しでも自認を防ぐための措置でもあった。 「おはよう、穂香。今日も来てくれたんだね」  入院から一週間が過ぎ、その間穂香は一日も欠かさず病室へと足を運んでいた。 「そりゃあね。元気なのに入院なんて、暇すぎるでしょ」 「うん。でもまさか、こんなに長い入院になるなんて思わなかったよ」  表向き、智也の入院理由は脳血管の異常ということになっている。投薬による体質改善という名目で、無優病に少しでも効果のある薬を探しているのだと説明があった。  一般的に二週間も入院すれば長期入院という扱いになるが、智也の入院期間はおそらくそれをはるかに超えることになるだろう。一週間の入院生活を「こんなに長く」と言う智也に、事情を知る穂香は口に苦いものが広がる思いだった。 「あ、そうだ」  こんな表情を見られるわけにはいかないと、穂香はやや強引に話題を変えるためカバンの中をあさりだす。 「はいこれ、暇だと思って持ってきたよ」  取り出した一冊の小説を智也に手渡す。ありがとう、と礼を言いながら受け取った智也は、表紙を見て少しだけ表情を曇らせた。
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