6.ただひとつの願い

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「これ、すごく泣けるって今話題のやつだね。大丈夫かな……、この手の本、号泣しなかったためしがないんだ」 「だから、病室なら人目を気にせず読めるでしょ」 「なるほど、それは盲点だ」  入院中、時間を持て余している友人のために話題の小説を持っていく。それは何の不自然さもない、ごく普通の友人としての振る舞い。だが事情を知っている者が見れば、穂香が何を思って見舞いの品にその小説を選んだのかは明白だった。 「でも僕が泣いてたら、見回りに来た看護師さんにはびっくりされそうだなぁ。昨日も穂香が帰った後、大変だったんだよ」 「え、何が?」 「ほら、犬の映画見せてくれたじゃないか、すごく泣けるやつ。思い出し泣きしてる時に看護師さんが入ってきて、なんかすごい誤解されたんだよ。不治の病にかかって一人泣いてる少年――みたいな」 「それは、確かに大変だったね……」  冗談交じりの智也の言葉に、穂香も笑顔で返そうとしたが、それはひどくぎこちないものになってしまった。 「映画のこと話したら、なぜか看護師さんのほうまで泣き出しちゃって、困ったよ」  智也の担当看護師は当然、無優病のことを知っている。その看護師の目に映った智也はきっとそのまんま、『不治の病にかかって一人泣いている少年』だったのだろう。
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