6.ただひとつの願い

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 智也の病状と、これから歩むことになるだろう道を知っている看護師だからこそ、今、智也が感動に涙を流せることの意味を、大切さを、切なさを、感じ取ることができる。  それは、ただ死を待つ子供を見守るのとは、また違った感情なのかもしれない。  無垢なままで消える命を、花が咲く前のつぼみや散ってしまう花びらで例えるのなら、無優病の最後とはいったいどんな花で飾られるのだろう。  そんな風に考えて、穂香はふるっと頭を振った。花のような美しい最後なんていらない。そんなことを想像するくらいなら、少しでも自分にできることを考えろ。そう思うことで、穂香は頭に浮かんだ桜吹雪を消し去った。 「じゃあ次持ってくるのはコメディ系にしようかな~。ギャグマンガとラブコメと……、変わり種でホラーとかもいいかも!」 「そんなにたくさん持ってこられたら読み切れないよ」  どうにかして智也を治したい。治らなくても、少しでも無優病の進行を遅らせる。そんな思いから、穂香はこの一週間毎日のように、人の感情に訴えかけるものを持ってきた。そして智也は、穂香の持ってきたものは一日の間にそのほとんどを見て、読んで、翌日には感想とお礼を言う。  心のどこかで、自分の行為が智也の負担になっているかもしれないとは思っていた。それでも穂香は智也への見舞いをやめようとは思わなかった。 優しさを覚えていてほしい。  ただそれだけの願いのために、穂香はそれからも毎日、智也のいる病室へと足を運んだ。
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