1.日常に潜む病

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「ちょっと智也(ともや)、どうしたの!?」  流れる雑踏と人垣をかき分けながら少年のもとにやってきたのは、少年が待っていた友人、同じ学校の制服を着た少女だった。 「……穂香(ほのか)」  頬を抑えながら苦笑する少年と、苛立ちを隠さないスーツの男。そして自分がかき分けてきた人垣を見て、少女はすぐさま状況を把握する。 「あんた……!」  男をにらみつける少女。しかし当の男は少女の眼光など気にも留めず、むしろ新たな乱入者に気を害したように、より強い悪意を持って少女を睨み返していた。  ここにきて、ざわめきを作っていたやじ馬もその剣呑な空気に異常性を感じ始めていた。興味本位でしかなかったざわめきが、徐々に危機感を募らせるものへと変わっていく。 「生意気なんだよ、学生風情が――!」  男が握りこぶしを振り上げる。きつく目をつむる少女だったが、しかし覚悟していた痛みはいつまでたってもやってはこなかった。その代わり、目を閉じた先の暗闇で、鈍い音が響く。  少女が目を開けると、そこには自分の後ろにいたはずの少年の横顔があった。ただ、その表情は苦痛に歪み、口が切れたのか、そこにはじわりと痛みの証が広がっていた。 「智也――!」  心配する少女を「大丈夫」と制して、少年は少女の耳元に口を寄せた。 「駅員さんにお願いして。警察と、……それから救急車も」  少年の口から出た「救急車」という言葉に、少女は何かを察したように頷いた。少年は男から少女を隠すように位置を変え、深く、頭を下げた。 「ほんとうに、すみません。ぶつかったのも態度が悪かったのも、すべてこちらの不注意です」  少年の、理不尽をすべて飲み込んだかのような謝罪に、男はひどく困惑する。その戸惑いを縫うようにして、少女は駅員のもとへと駆けていった。ちょうど、騒ぎを聞いて近くに来ていた駅員を捕まえ、少女は少年に言われた通り、警察と救急車を呼んでほしいとお願いする。  そんな大げさな、と肩をすくめる駅員に、少女は目を伏せてただ一言、こう言った。 「相手は、無優病(むゆうびょう)の可能性があります」    ◇
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