7.残された感情

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「――っ」  唐突に切り出された核心に、穂香は見開いた瞳をそっと逸らす。このままではいけない。否定しなくてはならない。そう思えど、一度逸らした瞳はもう、智也を直視する勇気を持たせてはくれなかった。目じりに溜まろうとする涙を瞬きで必死に押さえつけ、穂香は自分の言うべき言葉を探す。 「穂香がここ持ってきてくれたもの、全部見たし、全部読んだよ」  穂香の焦燥も混乱もお構いなしに、智也は言葉を連ねてゆく。 「最初は、ただ慣れてきたのかと思った。物語の展開とか、登場人物の葛藤とか、似てるところはいっぱいある。だから、そういうものに耐性がついたのかな、なんて思ってたんだ」  その言葉に、穂香はピクリと肩を震わせた。 「でも、何かが違う。慣れとか飽きとか、そんな浅い場所にある問題じゃない。そんな気がして、一番泣いてしまったこれを、読み返してたんだ」  智也は視線を自分の手元に向けた。閉じた本を再び開き、左手の親指でぱらぱらとページを流してゆく。 「僕は、恋人が自殺するところで胸が締め付けられた。主人公のセリフに心が震えた。差し伸べられた救いの手にほっとして、感動して、泣いた。それは覚えてる。よく……覚えてる」  送られていくページは、智也の瞳には映っていない。何も考えずに過去の自分を追っていく様は、アルバムを見返すことに少し似ていた。  やがてページはなくなり、裏表紙が物語を閉じる。空になった左手を見つめ、智也は言った。 「どうして泣いたのか、わからないんだ」
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