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それは過去の自分との違い。かつて確かに持っていた感情の欠如。智也自身が抱いていた他者への優しさとの、有無を言わさない決別だった。
穏やかな声、穏やかな瞳、穏やかな表情。けれどそれらは全て、波を知らない凪。
「……ご、めん」
ようやく絞り出した言葉は、告げるつもりのなかった謝罪。言ったが最後、それは穂香自身が智也を諦めてしまったことになる。だからきっと、最後まで言わない。そう誓っていた言葉。
「ごめんね、智也……」
それでも、言わなくてはならなかった。
「どうして?」
「私が……余計なことをした。何もしなければ、智也は気づかなかったかもしれないのに……っ」
智也が自分自身に違和感を抱いたのなら、そのきっかけを作ってしまったのは間違いなく穂香だ。忘れないように、持ち続けられるように、そう思って渡し続けた穂香の優しさはもう、智也には受け取れないものだったのに。
絶え間ない優しさにさらされ続けたことは、智也にとって、もう自分に『それ』がないことを知らしめるのに十分すぎた。
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