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死人のように青白くなった手をこすり合わせて、僕は海辺に立っていた。
どれほど時間が過ぎ去ったのだろうか。
僕を頭上からギラギラと照らしていた太陽は、水平線に接している。
周りに人の姿はなく、空き瓶や流木が散在した砂浜。
大きな自然公園の一部であるにもかかわらず、波が砂浜に打ち寄せる轟音と強い浜風だけが聞こえる。
大手電化製品メーカーの生産部門に入社して3年。
働きづめの生活の中に与えられた貴重な休日が、ひっそりと太陽とともに終わりを告げようとしてる。
「…帰ろう」
自分に言い聞かせるように言葉をこぼす。
風でなびくネクタイを外し、スーツのポケットに押し込む。
着用しているコートやスーツ、革靴に付着した砂埃を払い、大きく深呼吸をした。
身を翻し、噴水のある広間へと移動しようと足を運ぶ。
自分の感情がわからない。
悲しいのだろうか、嬉しいのだろうか、怒っているのだろうか、拗ねているのだろうか…
僕の行く手に移った影を眺めながら、一歩一歩進む。
体の底から冷えていく感覚がする。
影が長く、濃く、深みを増していく。
先ほどネクタイを押し込んだポケットから、1枚の紙が空へ飛ぶ。
僕は顔を上げ、無我夢中でその紙を追いかけた。
海辺と平行に走っている。
砂浜に足を取られて、2度転ぶ。
けれど、僕は紙を追いかけた。
まるで、何かにすがるように。
あと少しで届きそうと思ったところで、この日一番の突風が吹き付けた。
明後日の方向に飛んで行った紙を眺めている。
もう、足は動いていない。
只々、飛行機を見守るように空を眺める。
紙が地面に近づいた時、白く静謐な指が静かにその紙を捕まえた。
その紙を掴んだのは、1人の女性だった…
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