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遠くの海から汽笛が重々しく響く。
2人の間に沈黙が生まれた。
僕は待つしかなかった。次に彼女が告げる一言を、ただひたすらに。
湯気を上げるぐらい顔が火照っている。足は小刻みに震えだす。
寒さは感じない。熱い、熱い、熱い…
不安で崩れ落ちそうな全身を一縷の望みで保つ。
僕の発言を聞いた時、彼女の肩の位置が少し高くなった。
一瞬うさぎのように真ん丸な目になったが、すぐに表情が消えた。
その後、白波が打ち寄せる海の方角へ顔も体を向けてしまっている。
僕は彼女の横画をじっと見つめる。
彼女は何かを考えているのだろうか――
彼女自身のことだろうか?
僕のことだろうか?
家族のことだろうか?
他の男のことだろうか?
社会情勢のことだろうか?
過去のことだろうか?
未来のことだろうか?
何も考えていないのだろうか?
わからない。だが、もし彼女が何かを熟考していおり、その行き着いた先の終着点が何であろうと、きっと彼女は正しい。
僕は彼女が決めた選択を肯定する。
好きな人だから。
心で張りつめていた糸がギチギチと音を立て今にも千切れそうになった時、
彼女がそよ風に吹かれて散る無数の花びらのように、着物をたなびかせてこちらを振り返る。
そして、僕が出した難問に回答をした。
「はい、よろしくお願いいたします」
彼女の頬は、真っ赤なりんごのようだった。
オレンジの光を反射する宝石が両目の淵から流れ落ちていく。
一凛の大きな向日葵が咲いたような彼女笑みが、僕の目を潤す。
「ありがとう」
言葉を絞り出した後、僕の中にある感情のダムは決壊して溢れ出した。
大粒の涙とともに。
この日、僕と彼女は”夫婦”となった。
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