幼馴染に長年恋してる男をキレさせた場合

1/2
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
放課後の教室。夕陽はまだ浅く、窓際の机をうっすらと照らしている。グラウンドからは運動部の掛け声とどこかで練習するブラスバンドの音が流れ聞こえてくる。 教室の中には背の高い男子生徒と、小柄な女子生徒の二人がいた。二人の他に誰もいないのは、教室の中の二人の雰囲気が誰がどう見ても男女の修羅場だからだ。 怒りの感情を露わにしているのは女子生徒の方だった。 小作りな顔に収まった大きな瞳を吊り上げ、白い頬を紅潮させている。 低い身長に華奢な身体、アイドルかモデルかと言われるような整った顔立ち。今のように威嚇する獣のようでなければ、大抵の男は彼女に対して庇護欲をそそられることだろう。 彼女はぐっと上目遣いで相手を睨みつけ、頬を膨らませ、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、私は怒っていますよと全身でアピールしていた。自分がそれをすれば、大抵の男は自分の言うことを聞くという自信が透けて見えた。 「わたし、冬夜(とうや)のこと絶対許さないから!」 「は? 何だそれ」 ただし女子生徒の愛らしさは、この冬夜と呼ばれた男子生徒には微塵も通用してはいなかった。 寡黙で落ち着いた振る舞いをする彼は、すらりと高い身長と涼やかな容姿も相まって女子生徒にいたく受けていた。 そんな彼が、男らしく整った顔を嫌悪に歪め、不機嫌を隠さない低い声で自分に話しかけた。男に甘やかされることの方が多い彼女は、予想外の状況に困惑し、息をのんだ。 ゴミの山でも見ているかのような目つきで女子生徒を見ていた彼は、長い長いため息をつくと、口を開いた。 「……何、許さないって。俺別にお前に許されないといけないことなんかこれっぽっちもねーんだけど。何勝手に被害者気取って優位に立とうとしてんの? むしろ名前呼び許可してねえのにいきなり呼び捨てにされた俺のが許さないって言いたいくらいなんだけど。 なんだっけ、俺とソラが毎日一緒に登下校してんのが気に入らないって話だっけ? 隣ん家に住んでんだから別にいいだろうが。 俺がソラとずっと一緒にいるのが気に入らないって何? 俺が誰といるか選ぶのは俺の勝手だろ。 そもそも俺とお前って何もないだろ。こないだのLINEのアレ何? 『星谷(ほしたに)くんて変わってるよね。ずっと一緒にいるの疲れない?』だっけ? 大きなお世話だわ。 あと『あたし冬夜と付き合ってあげてもいいけど』だっけ? 何様だっつの。 完璧にスルーしたはずだよな、俺。一言も返事してねえよな? お前とまともな会話したのだって、ついさっきが初めてだし。毎日お前が話しかけてくるのに適当に返事してたけど、まさかあれ会話だと思ってたのか? 俺としてはソラといんのに強引に割って入られて、くっそ邪魔だったんだけど。 そんなやつが、まさかしれっと俺の彼女ヅラしてっとは思わねーだろうがよ。 なあ、俺怒っていいよな。なんか間違ったこと言ってる? そんで? 彼女でもなんでもないお前に、ソラと一緒にいるのが気に入らねえとか、んなこと言われる筋合いねえよな。 周りにも俺と付き合ってるって匂わせたりしてたみたいだけど、何勝手なことしてんの。普通に迷惑だし、なんならこえーんだけど。 あのな、俺はソラと一緒にいたいからいんの。何だよ疲れるって。お前みたいなおっかねえ勘違い女といる方がよっぼど疲れるわ。 大体、物心ついたときからずっと一緒にいるソラと、ただ同じ学年の隣のクラスってだけのお前とじゃ雲泥の差があることくらいわかんねえ? 十年以上付き合いある幼馴染と、せいぜい三か月ちょっとの自分だぞ? なあ? よく張りあえると思ったな。同じ土俵の上にも乗れてねーんだわ。 ああ、そういやあんた学年一可愛い女子とか言われてんだっけ? クラスの誰かがそんなこと言ってた気がする。さしずめ、自分が可愛いってもてはやされてるからって、強引に行けば俺がお前の思った通りになると思った? そんで俺と付き合ったら俺がソラにしてるみたいにお前に優しくしてやるとでも思ってたのか? ……嘘だろその顔、図星かよ。 昔っからお前みたいな勘違い女に『星谷くんみたいにお姫様扱いしてほしい』ってよく言われんだけど、絶対にありえないから。無理。死んでも無理。 俺にとってはお前らなんかよりソラの方が百億倍可愛いから甘やかしてんの。そういうことはせめてあいつの半分くらい可愛くなってから言えって感じなんだけど、まあ、あいつの可愛いは天然だからな、誰がどんなに頑張っても無理な話だな。 第一、どんなに可愛くても俺はソラ以外のやつを甘やかす気さらさらねーし。 ……そうやってさめざめ泣いたら俺が困るとでも思ったか? お前の性根がそんなに可愛らしくはねえこと、知ってんぞ。 ソラのこと陰でいろいろ言ってたよな。表じゃ可愛いフリして、裏じゃ毒吐きまくって。二重人格かよ、マジで怖いなお前。 『星谷宙(ほしたにそら)、冬夜に付き纏っててマジでうざい、ホモかよ気持ち悪い』だったっけ? 仮にも好きな相手が大事にしてるやつのこと、陰であんな風に言ってるお前のがよっぽど気持ち悪ぃわ。 それとさあ。 ソラが俺に付き纏ってんじゃなくて、俺がソラに付き纏ってんだってことくらい、俺のこと好きで見てたんならわかんだろ。 ……俺がソラのことどんだけ大事に思ってるか、ほんとにわかんねえ? 冷え性な手もちょっとなで肩なのもほっせぇ腰も。眠い時のしかめっ面も、なんか考えてる時のぼんやりした顔も、俺はあいつの全部が死ぬほど好きなんだよ。そんであいつのこと捕まえてどっかに閉じ込めて独占して誰にも見えないようにしたい。俺以外あいつのこと見えなきゃいいのにってしょっちゅう思う。 我ながら頭おかしいかなって思うけど知ったこっちゃねえな。実際にあいつに何しようってわけじゃねえし。思ってるだけなら俺の勝手だし。 けどさあ……あいつがぼーっとしてふらふら歩くのとか、危なっかしくて見てらんねえんだよな。だからつい手出しちまうんだけで別にお姫様扱いしてる気はねえ。 そんで助ける度『とーや、ありがとう』っつって天使みてーな顔してほわほわ笑うんだぞ。何度だって助けるっつの。 俺があいつの傍にいる時は手でもなんでも引いてやるけど、今みたいにいられねえときは心配で心配でしょうがねえんだよな。ソラはぼやっとしてるし、世間ずれしてっとこもあるし、俺よりは小せえし、細いし。顔なんか普通に可愛いだろ? 俺の惚れた欲目ってだけじゃなくて、事実として顔可愛いよな、あいつ。その顔他人が見てると思うとムカつくけど。 ソラはな、お前みたいなのと違って強かじゃねえから、もし変なヤツに目付けられたらと思うと、俺としては一人で置いとくなんて絶対無理なわけ。知ってるやつがいるから今日のところはとりあえず図書室に預けてきたけど。こんなめんどくせえことさっさと終わらせてアイツんとこ行きてえの。今日はあいつと駅前のファミレスの期間限定パフェ食い行く約束してんの。放課後デートが俺を待ってんの。 なのにさあ、お前なんかしつけえし、許さないとか意味不明なこと言い出すし。 何だよその顔。納得いかないって言いてえの? まだ語ってやろうか? あいつのことなら幾らでも語れるぞ俺は。今日は時間が惜しいから短めで勘弁してやるよ。 ソラはな、ぼーっとしてる割に朝強いから、毎朝俺んちまで起こしに来んの。いつも朝から完璧に可愛いのなんなんだよマジで意味わかんねえ……そんでこっちの気も知らねえで健全な男子高校生の部屋に朝っぱらからのこのこやって来やがって……枕元でへにゃっと笑って『おはよ』とか言われてみろ……秒で起きるわ。 あとなあ、ホラー映画観た時なんか夜寝れなくなって俺に助け求めて来るんだぞ。十七にもなって『お化け怖いから一緒に寝て』ってくそ真面目に言うんだぞ。 そんで、真っ先に頼るのが俺。親も兄弟もすっとばして、俺。可愛すぎかよ。んなもん、めちゃめちゃ添い寝してやるわ。 俺が構ってやれなくてあいつが拗ねた時の顔なんか、もう最高でなんなら額装して部屋に飾りたいぐらいなんだよな。いやソラは生で自由に動いてる時が一番可愛いんだから、間違ってもんなことしねえけど。そんで、ほっといてごめんなつって抱き締めたときのあいつの嬉しそうな顔、マジで堪んねー……どんなんかは誰にも教えねー。 ……付き合ってんだったら付き合ってるって最初から言えよって思うだろ? これで俺ら付き合ってねーんだから意味わかんねーんだよな、俺も。 キスも抱き締めるのも添い寝もさせるくせに、好きって言っても通じねえんだぞ。 二人っきりになって好きだっつってキスした後に『俺も好きだよ? とーやは幼馴染だし、親友だし』ってきょとんとすんだぞあいつ。 そのきょとんの顔が愛おしすぎて逆にそれ以上何もできねえんだよこっちは……! お前の中での幼馴染兼親友はキスすんのかって聞いたら『したじゃん、今』っつーんだぞ? あの何もわかってなさそうなぽやぽやーっとした顔で。大真面目に。マジで、あん時ばっかりはあいつが一瞬宇宙人に見えたわ。 まあ、あーゆう天然なとこもソラの可愛さなんだけど。 ……待て、もしかして俺がいつでも傍にいるのが当たり前だって毎日毎日毎日念入りに刷り込んだせいなのか……? つまり、あいつの鈍感力が高いの、半分は俺の自業自得っつー……いや、そこは今どうでもいいな。どうでも。 要は、俺の好きがあいつに一ミリも通じてねえから俺らは付き合ってねーの。意味わかんなくね? キスとかしてんのに。親もほとんど公認で将来どっちに籍入れるかまで話に出てんのに。 付き合ってねーの。俺はソラの彼氏です!って言えねえの。俺は自分で言ってて意味がわからない。 はあ……まあいいや。なあ、もうわかっただろ。俺はあいつの全部が愛しいってこと。髪の毛一本、呼吸の一つさえ誰にも渡したくないくらいあいつが好きってこと。俺の……『大路冬夜(おおじとうや)』の人生には『星谷宙(ほしたにそら)』がいないと成り立たないってくらい、俺はあいつが大事だってこと。 こんだけ俺の頭ん中ソラのことしか入ってないってのに、お前、自分があいつに敵うってまだ思う? 今んとこ、この件についてソラは何も知らない。多分お前が流してた、俺とお前が付き合ってるってガセの噂すら知らねーよ。 少しの間、お前を放っておいたのはあいつがこれ知ったら少しは俺のこと意識してくれるかなって下心もちょっとはあったけど……まあ、ソラの鈍感さを甘く見てたわ……まさか微塵も気が付かねえとは思わなかった。 あいつは気が付いてねえし、これ以上あんたに調子乗られんのもいい加減めんどくせえし、片付けるかと思ってたら陰口言ってんの聞いちまったんだよな。放っておけねえよな、あのクソみてぇな陰口。 まあ、俺がいる限りソラの耳に入れるなんてヘマしねーけど。万が一ってあるしな。 ……そうだ、もういっこ思い出した。 男にソラのことを襲わせるなんてしょうもない計画もあったんだっけ? それは何でか知らねえけど、実行できなくなったみたいで。良かったな? もしお前が少しでもあいつのこと傷つけてたら、あいつの笑顔を少しでも曇らせてたら、俺はお前を絶対に許さないとこだった。 テメェの一生かけてでも償わせてやるとこだったよ。 ま、実際ソラは何も知らねえし、何もなかったし。俺も何もしないでおいてやるけど。 ……マジで良かったな? 俺のガードが完璧で」
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!