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⁑⁑⁑⁑⁑
「そう、貴方もいくのね……」
光に飲まれていくなか、女性の悲哀を含んだ声が僅かに聞こえた気がした。
クラウンが瞳を開いた時、目前に広がっていたのは黒と紫が支配する闇の世界——。
そこには自分と彼女——グレイシアだけが立っている。
「ようこそ、クラウン・ビショップ。ここが貴方の今までの人生、そしてこれから始まる地獄への境界線よ」
杖を右手に持ちなおしたグレイシアが、大仰な仕草で語りかける。
「今更、引き返せるとなんて思ってねぇーよ。ってか、俺の名前教えてたっけか?」
「光の中で、貴方の人生の軌跡を見せてもらったわ。それが、〝導師〟と〝従者〟の契約の大前提だから……」
「何か、もう突っ込むのもバカらしくなってきたわ……。もう、俺は物語の中みたいな世界に生きてるってことだろ?」
「理解が早くて助かるわ、説明って嫌いなのよ……。とても面倒だし……」
「あんたもブレねぇな……。あ、名前グレイシアで良いんだよな?」
「えぇ、私のことはシアでいいわ。長い名前って面倒でしょ?」
「あぁ、それは賛成。んじゃシア先輩、これからよろしくな」
「先輩……」
「うん? どうした、シア先輩?」
なぜかグレイシアの顔が少しずつ、赤みを帯びていく。
精気を感じさせない瞳からは、僅かに動揺のようなものが見てとれた。
「何でもないわ……。悪くないわね……」
頬を僅かに染めたグレイシアが、くぐもった声で呟く。
——へぇ、褒められるのにも弱かったし、結構かわいい性格してんのな……。
「こほん、話が逸れたわ……。それでは契約に移りましょう」
「おう! いつでもいいぜ!!」
今更、ためらう理由はない。
双方の視線が交わると、グレイシアは杖を静かに再び地面に突き立てた。
空気が急速に冷え込んでいく——。
一帯を包む闇が、意志を持ったかのように二人の体へとまとわりついていく。
その闇は、まるで意志を持って自分達を歓迎しているかのようで――。
「貴方も一緒に紡いで——」
「紡ぐ……?」
「〝聴こえる〟でしょ? 貴方にも……」
「これは——」
クラウンの脳裏を聴き覚えのない旋律が駆け抜ける。
自然と彼の口はグレイシアに合わせて、その詩を紡いでいく……。
〝全てを創造し、全てを飲み込む黒よ
私は誰も救わない、誰も愛さない
どうか私に救いがあるなら、夜の帷を下ろしてください
音を無くし、光を無くし、ただ静寂だけで私を包んでください〟
残酷だが、とても綺麗な詩だ。
クラウンの瞳が捉えるのは、闇の中で終末を告げる聖女のように歌い上げるグレイシア——。
〝星の見えぬ夜に光を探す迷い子よ、貴方は私に何を望むのでしょう
骸を慰めることしかできないこの身に何を望むのでしょう〟
重なり合う二人の旋律は闇色の世界に色をつけることもなく、より深く昏い深淵へと誘う。
〝私は貴方に何も与えない
星の見えぬ夜の迷い子よ
それでも、貴方が私と共にあるならば、この夜色の衣で貴方を護りましょう〟
——『『契約の詩』』!!
黒と紫が溶け合い、空間が変貌していき、再び紫色の光へとそれは還る――。
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