Nox.Ⅳ 契約の詩〜Contractus〜

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⁑⁑⁑⁑⁑ 「そう、貴方もいくのね……」  光に飲まれていくなか、女性の悲哀(ひあい)を含んだ声が僅か(わずか)に聞こえた気がした。  クラウンが瞳を開いた時、目前に広がっていたのは黒と紫が支配する(やみ)の世界——。  そこには自分と彼女——グレイシアだけが立っている。 「ようこそ、クラウン・ビショップ。ここが貴方の今までの人生、そしてこれから始まる地獄への境界線(きょうかいせん)よ」  杖を右手に持ちなおしたグレイシアが、大仰(おおぎょう)な仕草で語りかける。   「今更、引き返せるとなんて思ってねぇーよ。ってか、俺の名前教えてたっけか?」 「光の中で、貴方の人生の軌跡(きせき)を見せてもらったわ。それが、〝導師〟(マリク)〝従者〟(エレヴァ)の契約の大前提だから……」 「何か、もう突っ込むのもバカらしくなってきたわ……。もう、俺は物語(フォークロア)の中みたいな世界に生きてるってことだろ?」 「理解が早くて助かるわ、説明って嫌いなのよ……。とても面倒だし……」 「あんたもブレねぇな……。あ、名前グレイシアで良いんだよな?」 「えぇ、私のことはシアでいいわ。長い名前って面倒でしょ?」 「あぁ、それは賛成。んじゃシア先輩、これからよろしくな」 「先輩……」 「うん? どうした、シア先輩?」  なぜかグレイシアの顔が少しずつ、赤みを帯びていく。    精気を感じさせない瞳からは、(わず)かに動揺(どうよう)のようなものが見てとれた。 「何でもないわ……。悪くないわね……」  頬を(わず)かに染めたグレイシアが、くぐもった声で(つぶや)く。  ——へぇ、褒められるのにも弱かったし、結構かわいい性格してんのな……。 「こほん、話が()れたわ……。それでは契約に移りましょう」 「おう! いつでもいいぜ!!」  今更、ためらう理由はない。    双方の視線が(まじ)わると、グレイシアは杖を静かに再び地面に突き立てた。  空気が急速に冷え込んでいく——。  一帯を包む闇が、意志を持ったかのように二人の体へとまとわりついていく。    その闇は、まるで意志を持って自分達を歓迎しているかのようで――。 「貴方も一緒に(つむ)いで——」 「紡ぐ……?」 「〝聴こえる〟でしょ? 貴方にも……」 「これは——」  クラウンの脳裏を聴き覚えのない旋律(せんりつ)が駆け抜ける。    自然と彼の口はグレイシアに合わせて、その詩を紡いでいく……。  〝全てを創造し、全てを飲み込む黒よ  私は誰も救わない、誰も愛さない  どうか私に救いがあるなら、夜の(とばり)を下ろしてください  音を無くし、光を無くし、ただ静寂(せいじゃく)だけで私を包んでください〟  残酷だが、とても綺麗な(うた)だ。  クラウンの瞳が(とら)えるのは、闇の中で終末を告げる聖女のように歌い上げるグレイシア——。  〝星の見えぬ夜に光を探す迷い子よ、貴方は私に何を望むのでしょう  (むくろ)(なぐさ)めることしかできないこの身に何を望むのでしょう〟  重なり合う二人の旋律(せんりつ)は闇色の世界に色をつけることもなく、より深く(くら)い深淵へと(いざな)う。  〝私は貴方に何も与えない  星の見えぬ夜の迷い子よ  それでも、貴方が私と共にあるならば、この夜色(やしょく)(ころも)で貴方を(まも)りましょう〟 ——『『契約の詩』』(カントラクートナヤ・ピェースニャ)!!  黒と紫が溶け合い、空間が変貌(へんぼう)していき、再び紫色(ししょく)の光へとそれは(かえ)る――。
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