Nox.I プロヴァンス学院の日常〜Memoria〜

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Nox.I プロヴァンス学院の日常〜Memoria〜

⁑⁑⁑⁑⁑  【プロヴァンス学院】  世界を動かす四大国の一つ、セントクォーツ王国王都【ユリアスベル】にある名門学校だ。  〝白百合の都〟とも名高いユリアスベルは、かつての女王から名をとったマリーヌ川が街を右岸と左岸に二分していた。    左岸の東部にあたる13区に広大な土地を与えられ、その白亜(はくあ)の学舎は立っていた。  荘厳(そうごん)にして壮麗(そうれい)(たたず)まいは、一国の王家が所有する宮殿と言われても疑うものは居ないだろう。  王国の未来を担う人材を育成する学院の生徒には、学問・運動・芸術における高度な能力が求められた。  また、桁違いの学費が必要なことからも、ここには一定以上の社会的地位がある家の子息、息女のみが通うことができる。  季節はダクト()――。  登校する学生の中には、ポツポツと薄手の外套(コート)などの羽織ものを身に(まと)う生徒の姿も見られるようになった。  今日も王国の未来を(にな)初心(うぶ)瑞々(みずみず)しい(つぼみ)達が学舎に(つど)い、一日が始まる。 ⁑⁑⁑⁑⁑      学舎の二階、パールブルーのカーテンが付けられた巨大なアーチ型の窓から陽光が差し込み、女神が(かたど)られた純白の石像を照らす。  年季の入った教卓では姿勢が悪く、表情からも活力を感じられない中老の男性教師が、ゆったりとした話し声で授業を進めている。  セルペンテム(十月)(わず)かに冷たい風が、教科書の(ページ)をめくった。    机の(すみ)へと追いやられたノートは開かれることもなく、その役目を放棄している——。 「えぇ……。ということであり、我がセントクォーツ王国は長きに渡る〝五年戦争〟に勝利し——。ビショップ君、また君か……」 「んあっ……? あぁ、先生。なんだ、授業はもう終わりか?」  後列の窓際の席——。  時間をかけて整えられたであろう肩の上ほどまで襟足(えりあし)が伸ばされた白銀の髪を乱して、口からはしっかりと(よだれ)を垂らした男が、つり目がちな紅い瞳を擦っている。  ビショップと呼ばれた男は上半身を起こし、一度大きく伸びをすると身に(まと)う黒いシャツの胸ポケットから、小さな手鏡を取り出して髪を素早く、だが慎重に直していく。  鼻下まで伸びた長い前髪を整え、サイドの髪は外へ向けて躍動感(やくどうかん)を出すように跳ねさせる。    セットの出来に満足した男は胸元に鏡を戻した。    ボタンをいくつか外した縞模様(ストライプ)の黒いシャツから覗く胸元を見れば、その体が細身ながら、しっかりと鍛えられていることがわかる。    彼が首を鳴らせば、両耳から垂れ下がっている王冠の形をした耳飾り(ピアス)が揺れた。    体が冷えたのか、足元の革鞄(バッグ)に放り投げられていた濃紺のジャケットを男は羽織る。  次にシャツの襟を立てると、胸元の首飾り(ペンダント)を確認する。  銀製の王冠が被さった(シールド)をモチーフとしたもので、学校でも付けていない日は見ないほどだ。    こうして居眠りをした後にも必ず紛失してないか、傷は増えていないかと確認しており、相当な思い入れのある品であることがわかる。    本来、首にあるはずのネクタイはそこにはない。    男の足元を見れば、赤紫の生地に黄色い線が右下がりに入ったネクタイが(バッグ)から、しっぽを出している。 「クラウン・ビショップ君。私の授業は君の睡眠時間ではないのだよ?」 「いやいや、ロマン先生。ちゃんと聞いてたって」 「それじゃあ今日の内容を、みんなにも復習になるようにまとめてくれるかな?」 「えぇ……まず世界には三人の女神がいて……」 「それは三日前の授業だねぇ、ビショップ君。と言うかよく覚えてたね」 「あの物語は中々面白かったからな」 「建国神話を物語と一蹴(いっしゅう)されると、歴史教師としては複雑だね……」  授業はすっかり中断してしまい、周りの生徒たちは呆れを含んだ笑みを浮かべながら、教師と男が話すその光景を見つめていた。 「やれやれ。時間も時間だし、君たちの気も抜けてきたようだ。今日はここまでにしよう」 「おう、ロマン先生またな」 「君のその図太さにだけは感心するよ。もう少しでテストなんだから、ちゃんと範囲だけでも勉強したまえ」  クラウンは残りの授業も得意の体育だけは積極的に活躍して、他は眠ることで疲れを癒した。
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