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夕陽が照らす帰り道——。
国の花でもある百合の季節は終わり、ダリアや秋桜がその役目を引き継ぎ、黄色や白を基調とした街並みを彩っていた。
風が吹けば、花々の甘い香りや近くの露店の食べ物の香りがクラウンの鼻腔をくすぐる。
賑やかな友人同士の他愛ない話、幸せそうな家族の笑い声、そして時には若く瑞々しい男女の秘め事までもダクトの風は運び、クラウンの耳朶を打つ。
ダクトの空気を体中で感じながら、クラウンは友人達と季節外れのアイスを買うと、帰路に就いた。
「ロマン先生のヤツ、今日も不景気そうな顔してたなぁ〜」
「君のせいだろ、クラウン……」
クラウンの前を歩く青年が溜息を吐く——。
エーデルフェルト公爵家次男レオン・シャルル・エーデルフェルト。
丁寧に整えられた襟足が肩にかからないほどの金色の髪は、前髪が目の少し下ほどまで伸ばされ、サイドは風に自然と柔らかに靡いていた。
深海を連想させる蒼玉のような瞳は理知的で、穢れのない微笑みを浮かべる口元は、見る者に彼が物語の世界から迷い込んできた天使や英雄なのではないかという錯覚すらも与える。
王侯貴族が象徴と化しつつある王国においても未だにその影響力は計り知れない。
その上に容姿・知識・身体能力と社会的に必要とされるもの全てにおいて、彼は平均を遥かに上回るものを有していた。
「レオン様の言うとおりですよ。クラウン君、あまり先生方に迷惑をかけてはいけません」
「うむ、それに君はロマン先生のことは嫌いじゃないんだろう?」
腰まで伸ばされた丁寧に手入れがされた明るい栗色の髪、翡翠色の優しげな瞳、服飾系雑誌の表紙でも飾っていそうな端麗な容姿を持つ女性はマリー・フランソワ。
外見から与える華やかな印象とは裏腹に性格は品行方正、成績もレオンに次いで優秀な生粋の優等生だ。
対して澄んだハキハキとした男性的な口調が印象的なのは、肩に軽くかかるほどの短い黒髪、夕日を受けて眩しく輝く褐色の肌を持つリザ・クロード。
女性の中では身長も高く、その体も一目見ただけで絞り込まれているのがわかる。
学院の男子で最も運動神経が良いのがクラウンならば、女子の中では彼女が頭一つ抜きん出ているだろう。
軍人の家柄で涼しげな印象を受ける外見とは対照的に、父親譲りの熱い正義感を持つ女性であり、そのようなところも含めてクラウンは彼女のことは好ましく感じている。
この二人はクラスが決まった瞬間に始まった壮絶な「レオン様の隣は私選手権」を勝ち抜き、レオンのグループに入った逞しい女子だ。
当時のクラスの雰囲気を思い出すと、中学時代までは〝無敗の喧嘩王〟と恐れられていたクラウンでさえ震えが止まらなくなる。
「もちろん、ロマン先生のことは好きだぜ。あんな良い教師は他にいねぇからな」
中学時代、喧嘩に明け暮れていたクラウンの悪評は、当然学院内にも伝わっている。
それでもクラウンの家が学院にとっても繋がりを作っておきたいほど、裕福な資産家であること。
また、クラウン本人のサッカーにおける抜きん出た才能は学院側にとっても、それだけで欲しいほどに魅力的だった。
だが、教師達からしてみれば、金持ちの家の不良息子のお守りなどしたくないのが本音だろう。
実際に教師達のクラウンへの接し方は今思い出しても、如何にも事務的なものだった。
その中で唯一、ロマンだけがクラウンに教師として、個人として向き合い、対話を続けた。
ロマンはあくまで一生徒として中立に接しようとしているが、普段から彼の事を気にかけてることは、近くにいる友人なら気がつくことだ。
クラウンも普段から口に出す訳ではないが、ロマンに対しては感謝していた。
「そう思うなら、少しは真面目に授業を受けてあげたらどうだい?」
隣を歩くレオンが再び、溜息を吐く。
顔が整っているとそんな仕草でさえも様になる。
——この無駄に整った面はムカつくが、俺の学院生活が変わったのは、こいつのおかげでもあるんだよな。
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