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Nox.II 覚醒者と二人の魔術師〜Excitatio〜
重圧感を感じさせる男の声が、日の沈みつつある通りへと響く。
〝魔術師〟——。
王国やクラウンの母国である帝国の民話や娯楽雑誌にもその存在は登場する。
人知を超えた自然現象や物理法則、時として〝生〟や〝死〟にさえも彼らは干渉する存在として描かれていた。
しかし、男が何故そのように自分を呼ぶのか、それはクラウンにはわからない。
だが、相手の姿さえも朧げにしか見えない状態でもわかることがある。
それは目前の男には、まるでこちらへの〝害意〟を隠す気がないということだ——。
不思議なことにクラウンの体の痛みは、少しずつ引いていき、同時に視界も徐々に晴れ渡っていった。
柘榴石よりも、更に深い真紅の瞳が、もう一つの〝赤〟を捉える。
何よりも先に視界に入ったのは、毛先を外側へと跳ねさせた炎のように赤い髪。
口元には獰猛な笑みが浮かび、目にかけたサングラスからは鷹のように鋭く、挑戦的な桔梗色の瞳が、こちらの反応を探るように覗く。
年齢は二十歳は超えているくらいだろうか。
黒い革製のジャケットに白い首元が深く開いたカットソー、淡青色の裾が大きく開いた細身のパンツと黒いブーツ。
首元や腕には無数の髑髏や十字架をモチーフにしたシルバーアクセサリーが、じゃらじゃらと付けられている。
奏力車よりは手頃で、それなりの富裕層ならば所有していることも多い〝奏力バイク〟——単純にバイクと呼ばれることの多い乗り物に乗る人々が好むような格好だ。
「覚醒時の初期症状に間違いなさそうだな……。こんだけ意識を保ててるなら、まぁ上等だろ」
男はサングラスをズラすと、鋭い鷹のような瞳でクラウンを改めて観察する。
睨まれただけで震えが止まらなくなる。
潜在意識が相手に逆らってはいけないと警鐘を鳴らしていた。
「はぁ、はぁ……。な、何を言ってる……?」
「黙れ——。お前がこれから口にして良いのは、イエスかノーだけだ」
男の眼光が一層と鋭いものとなる——。
「俺について来い、逆らえば殺す」
こんな危険な存在について行くなんてごめんだ。
心ではそう理解していても、クラウンには拒絶のための言葉を絞り出すことができない。
逆らえば、一瞬で殺される。
向かい合っているだけで足の震えが止まらない。
互いの間には長い距離があるのに、心臓を既に握りしめられているように寒気がする。
ギチギチと耳障りな音を鳴らしているのは、自分の歯なのだろうか。
生存本能が自分の意思とは関係なく、承諾の言葉を吐き出そうとしている。
「わかっ——」
——「相変わらず、強引で野蛮……」
緊迫感の漂う場に似つかない気怠げな声が響く――。
「なっ――!?」
即座に反応した男が、声の主が居るであろう背後を振り返ろうとする。
だが、間髪を入れずに男の足元に漆黒の魔法陣が出現した。
——「もう遅い——『拘束』……」
魔法陣から幾重もの鎖が出現し、男の体を拘束していく。
「くっ——!」
「狂犬には鎖に限るわ……」
クラウンが声のする方――男の背後へと視線を向ければ、そこには長い歴史の中で風化が進んだ橙色の屋根を持つ古い石造りの教会があった。
声の主である女は、教会の鐘楼の上に立っていた——。
美しい女性だ。
しかし、その風貌は少し異様でもある。
頭には、銀色の線が右上から二本入った黒い帽子。
同様に黒地に首の部分から、銀の細い線が縦に入った長い外套が覆う肢体の細さは、健康的とは言い難い。
一陣の風が吹き、女性の黒に近い青髪が天を舞うと、生気を感じさせない紺色の瞳が露わになる。
女性の細い首には蛇の巻き付いたロザリオがかけられ、右手には紫色の宝石が先端に付いた黒い杖が握られていた。
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