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12 すいか
海水浴の二週間後。瑛太郎は大きなすいかを持って親子のもとを訪ねた。
まもなく盆だ。すいかを買ったスーパーには仏花や菓子が並んでいた。思い立って花屋により色とりどりの菊の後ろにあったチューリップを三本買って向かった。
「おにいちゃん、いらしゃいませ」
杏珠は不思議な言い回しで瑛太郎を迎え入れた。この間から、えいたろう、とうまく言えず、おにいちゃんと呼んでくれるようになった。とはいえ、見た目は志憧とそう変わらないのだが。
「こんばんわ、大きなすいかですね」
「大きすぎましたか」
「いいえ、僕も杏珠もすいかは大好きです」
杏珠が志憧の子ではないと聞いてから、いろいろと考えを巡らせてきた。兄弟の子でもないのなら、親戚の子だろうか。でもそれなら「忘れ形見」という言い方はしないのではないだろうか。
大切な相手の子供、というのが一般的だ。結婚までいたらなかった恋人との間の子。結婚できない立場の女性が産んだ子。だけど志憧は血の繋がりがないと言っていた。
要するに他人の子だ。それも昨日今日預かったわけではないだろう。とにかく深い事情があるに違いない。
しかし、彼らは本当の親子以上に仲がいい。杏珠は瑛太郎が持ってきたチューリップを嬉しそうに花瓶に生け、志憧はキッチンですいかを切り分けている。
「たね、とって」
杏珠は切り分けられたすいかの皿を志憧の方に滑らせた。
「自分で取ってごらん」
「むつかしい」
「やってみないと出来るようにならないぞ」
頬を膨らませている杏珠に、瑛太郎が提案した。
「こうやるんだよ」
先割れスプーンで丁寧に種を取ってみせると、杏珠はその様子を真剣に見つめた。そして子供用のまるいスプーンで、小さな種をひとつづつ皿の端に移した。
「できた」
半分ほど種を取り除いて飽きたのか、杏珠はサクサクといい音を立ててすいかを食べはじめた。瑛太郎も志憧も自分の分のすいかを食べた。それぞれ皿の上のすいかを平らげ、杏珠はテレビを付け、アニメを見始めた。
志憧は皿を片づけようとはせず、冷蔵庫からよく冷えたビールを数本持ってきた。アニメに夢中の杏珠は一言もしゃべらずテレビに釘付けだ。
杏珠の邪魔をしないよう目配せしつつ、瑛太郎と志憧はビールを開けた。
今夜、志憧はいつもよりリラックスしているように見えた。白いシャツに綿のパンツ。扇風機の弱い風に、柔らかい髪が軽くなびく。足を投げ出し、杏珠の後ろ姿を見つめている。この間の海水浴で日焼けしたうなじが小麦色だ。
二十分ほどしてアニメが終わると、杏珠は大きく伸びをした。もそもそと膝で歩いて志憧のところまでやってきた。志憧が足をあぐらに組み替えると、その中に潜り込み、太腿に頭を乗せて眠り始めた。
志憧は赤い顔をしていた。卓の上にはビールの空き缶が六本も並んでいる。瑛太郎が二本飲んでいる間に四本も飲んでいた。杏珠はいよいよ深く眠り、志憧のあぐらの中から足を伸ばし出した。腕も伸ばした拍子にフリル飾りのTシャツとキュロットスカートの隙間から、小さなへそが顔を出す。志憧はTシャツの裾をスカートの中にしまいこみ、杏珠の腹が冷えないようにした。そして眠る杏珠を抱き上げ、ソファに移動させた。隣の部屋から持ってきたブランケットをかけると、杏珠は本格的に寝息をたてはじめた。
「そろそろおいとまします」
瑛太郎がそう言うと、志憧は杏珠に手をかけたまま、顔だけ振り向きこう答えた。
「もう一杯、つきあってくれませんか」
「え?」
「今日はもう少し飲みたい気分なんです。あと一杯だけ」
小首を傾げて微笑みかけられて、瑛太郎の心臓はぎゅっと掴まれた。いつもは杏珠と三人で楽しい時間を過ごすが、今は志憧とふたりきりだ。
瑛太郎は平静を装い、じゃあ一杯だけ、と答えた。
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