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チューニング0回目 約束。
始まりは、お母さんに言われいやいや参加した、子供キャンプだった。
「美穂もいい加減小6なんだから、友達ぐらい作れるようになりなさい」
の一言で参加させられた子供キャンプ。
チラシを見てみると、バナナボートに乗ったり海で遊んだりしていて、楽しそうだった。
小学六年生なのに友達ができないのにはもちろんわけがある。
それは、私が転勤族だから。
一年ごとと言っていいほど、ずっと引っ越している。もう六年生の終わりだが、友達ができないのは当然といってもいいのではないだろうか。
だが、引っ越したことのある人にはこう思う人もいるかもしれない。
一年間一緒にいれば、簡単に友達ができる。
事実、そのとおりなのである。弟の郁也は簡単に友達を作っているし、お兄ちゃんは、ゲーム仲間を初日で作ってしまうこともある。
一番の問題は私が、恥ずかしがり屋なせいらしい。
簡単に人に話しかけれない。長年の友達同士で話し合っているところに話に行くのがとくに苦手だ。
六年生の初め、班になるとき私以外の3人は、1、3、4、5、と同じクラスだったことがある。私に意見を求めてきたり、好きなものを聞いてきたりと、関わってきてはくれたが、やはり3人で話しているときが一番楽しそうだった。
そこに、入れるスペースなんてない。
いつしか、私は小6の現在、終わりになるまで友達ができることはなかった。
そこでお母さんが持ってきた解決策が子供キャンプ。
全国から人が集まり、名古屋でキャンプをする。なかなか楽しそうだ。
ここに一人で参加している子がいたら話しかけることができそうだった。
そんなプラスのイメージばかり持っていたから、お母さんは行かせるは吉と勝手に判断したらしい。
熊本からひとっ飛びで名古屋まで来てしまった。
お母さんによると、主催者は黄色のバンダナを巻いているらしい。
あたりをキョロキョロしていると、後ろから声をかけられた。
「君、子供キャンプの参加者?」
急に肩を触られ、ばっと後ろを振り向く。
後ろには黄色いバンダナをまいた丸顔のおじさんがいた。
おじさんは、私が警戒していたのに気づくと、肩においていた手を離す。
「ごめんごめん。一人で迷ってたからさ。もしかしたら参加者じゃなかった?」
私は、一歩下がると、バッグの持ち手をギュッっとつかみ答えた。
「はい…。そうで…す。」
私が、緊張している様子を物ともせずおじさんは私の背中をバンッと叩く。
「そうかそうか。じゃあ、君が咲田美穂ちゃんか。一人だけバスに乗ってなかったから探したんだよ?」
おじさんは、ニコニコ笑うとついてきてというふうに、手を引っ張った。
「ちょ……。」
私がなにか言おうとしているのを遮らそうとはしなかったが、私は勝手に言葉を止めた。
少し見えた時計台の時間が、集合時間を大きく上回っていたからだ。
おじさんがバスまで連れて行ってくれて助かった。心からそう思った。
「さぁ、君の席はここだよ。みんなと仲良くねえ〜〜。」
おじさんは、私を空いている席に座らせると、笑顔のまま前の席へ行ってしまった。
「なぁなぁ、遅刻って、どんな感じやった?恥ずかしかったやろ?」
バスが出発するのとほぼ同時で隣の子が声をかけてきた。聞くからに関西の子で、口元に小さなほくろがある。
私は、答えに困っていると関西の子は帽子を脱ぐ。
「そうか。人見知りなん?まぁ、普通はそうやよね。うちが喋りすぎてるだけなんか〜。」
私の返事がなくてもお構いなしに関西の子は喋る。
「うちな、雨情亜美ちゅうねん。よくネームプレートみて、名字読めんいわれるけど『うじょう』やからね。うちの名字。よろしく。あんたは?」
私は、いきなりの質問に少し戸惑いやっと答えようと口を開くと、関西の子…亜美は勝手に話を勧め始めた。
「って、ネームプレート見ればわかるっちゅうねんww。えっと咲田美穂ちゃんやな?よろしくな。美穂ちゃん!」
名前を呼ばれて、きちんと目を見た。悪そうな子ではなかった。
その御蔭で、すこし答えようと気になったのかもしれない。私はいつの間にか小さく答えてきた。
「よ…よろしく…雨情さん…。」
すると亜美はニカッと笑った。その笑みはとても可愛く、親しみやすいものだった。
「うちのことは亜美でええで?なぁ、美穂ちゃん?」
私はグイグイ攻めてくる性格が嫌いではなかったのかもしれない。言葉には出せなかったがかなり大きくうなずくことができた。これも恥ずかしがり屋解消の第一歩。そう思うと、亜美に感謝だ。
バスを降り、宿までの道のりも、ずっと亜美は話しかけてきた。学校の話、好きなものの話などなど。亜美がつまんなそうに他の人に話しかけに行ってしまわないか不安で、少しずつ話せるようになっていた。
宿につくと早速部屋わけがあった。黄色いバンダナを巻いたあのおじさんが紙を見ながら、よく通る声で伝える。
「304号室。井上ひかりちゃん。中の上みどりちゃん…
305号室。雨情亜美ちゃん。西条百合子ちゃん。池村泉ちゃん。咲田美穂ちゃん。」
部屋が決まると、亜美は小さな声で耳打ちをしてきた。
「おんなじ部屋やね。うちは嬉しい!」
私も話せる人が部屋にいて嬉しかった。
部屋には、亜美と私以外の子はもう来ていた。
一人はショートカットで親しみやすそうな子。もうひとりはロングヘアーでモデルのような子だ。
亜美は部屋に入るなり、笑顔でこういった。
「うちは雨情亜美!小学六年生!よろしく!!!聞いての通り関西出身や。喋りすぎてうるさかったら言うてや!」
ショートカットの子は、ニコリと笑うと
「私は、池村泉。中1だよ。よろしくね。」
自己紹介をした。元気の良い亜美とは違う雰囲気で親しみが湧いた。
ロングヘアーの子はモデルのような顔立ちをどこも歪めず
「…西条百合子。中1。」
と無愛想に答える。とっつきにくそうな子だ。だがそういう姿も絵になるほど、百合子は美人だ。
この順番で行くと、次は…私だ。迷って迷って言うことを決めた。
「えっと…あの…咲田美穂です。小学六年生です。ご迷惑になるかもしれませんが、よろしくおねがいします…。」
泉はよろしくとふんわり笑った。百合子は少し口角を上げた。
楽しいことが始まりそう。そんな雰囲気があった。
「さぁ、もう寝るで〜〜!布団しかんと。お風呂?そうやったわ。」
亜美が盛り上げると百合子は少し笑った。とっつきにくそうだと思ったのは、間違いだったかもしれない。
お風呂からあがり、布団に入ると亜美が急にこんな事を言い始めた。
「百合子ちゃんと、泉ちゃんは部活何入っとるん〜?」
「私は、吹奏楽部だよ。」
泉は優しく答える。
「…吹奏楽部。」
百合子は無愛想だがすこし楽しそうだった。
「そうなん?うちも中学に入ったら吹奏楽部入ろう思っとるんよ。美穂ちゃんは?」
私は急に話を振られ戸惑っていた。というのは部活のことなんて一切考えてなかったから。だがこの流れで行くと吹奏楽部と答えるのが妥当だろう。
「吹奏楽部です。」
「そうなんか〜〜。うちらすごいな!ところで楽器は何やっとるん?」
また先に泉が答えるかと思ったが、今度は百合子が先だった。
「ピッコロ。フルートの小さいやつ。世界一小さい木管楽器…。」
美人がフルートを吹いている。納得である。
「私は、クラリネットだよ。」
泉はとても楽しそうに答えた。
「うちはなぁ〜〜サックスやりたいねん!美穂ちゃんは?」
「わ、私…?」
吹奏楽部に入りたいだなんて口から出任せなのに、楽器なんて決めていない。
そのとき、昔連れて行ってもらったコンサートの主役を思い出した。キラキラ光を反射して光るトランペットだ。
「と…トランペット!」
亜美は、満足そうに笑うと、次の言葉を発する。本当にたくさん喋る子だ。
「なぁ、今の思いつきなんやけどさ。吹奏楽部って全国大会あるんやろ?」
「ある。」
「あるよ。ここ名古屋で。」
泉と百合子はほぼ同時に答えた。
「じゃあさ、うちら来年全国大会で会おう!」
亜美は、突拍子のないことを急に言いだした。その意見に最初に賛成するのは誰か。
「…いいね。」
百合子だ。
「面白そうだね!」
泉。
そして
「…い、いいと思う!…思います…。」
私。
「じゃあ!約束!全国で会おう!}
「…夢がある…楽しそう。みんなの中学教えて。」
今日史上百合子が喋った文章の中で最も多いのではないだろうか。
「…私、東上中学校。」
百合子は先に答える。
「私は、中景中学校だよ。略して中中。面白いよね。」
「うちは、南北中学校入学予定や!んで美穂ちゃんは?」
「私…わかりません…。」
亜美が怪訝そうな顔をした。百合子は、空気でなにか言おうとしていたのがわかった。百合子が発する言葉が怖くて、慌てて次の言葉を付け加える。
「転勤族だから…。どこに行くかわかりません。」
さっきまであんなに喋っていた亜美が黙る。空気がシーンとなった。
「じゃあ、とりあえず今行く予定の中学校を教えてよ!」
沈黙を破ったのは泉だった。
「空峰中学校…。」
亜美がニコリと笑ったのがわかった。
「じゃあ、絶対全国で会おう!約束やで!」
「…じゃあ、みんなで『エイエイオー』しよう…。」
百合子がエイエイオーといったのがおかしくて少し笑ってしまった。その御蔭で空気は和やかになった。
「じゃあ!みんなと絶対に全国で会おうぞ!」
『エイエイオー!!!!』
絶対に引っ越すという予想が当たらないか心配で、エイエイオーの使い方を間違っているのを、深く考えはしなかった。
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