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楼閣が傾くとき
「面接で明らかなパワハラを受けました。ここまでの人格権侵害は初めてです」
面接の音声を切り取った上でアップロードされた私のツイートはあっという間に拡散され、リツイート回数が数千件にのぼった。
「録音していないだろうな?」
萩野はそう訊いてきた。私はあのとき回答を留保したが、録音は行っていた。あまりにも面接がうまく行かなかったので、受け答えの研究をするために録音をしていたのだ。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったのだが。
「こんな会社、つぶれてしまえばいい」
「今時こんな時代遅れのワンマン経営者、いるんだね」
私を擁護するコメントがどんどん寄せられ、そして拡散されていく。私は武士の情けで萩野の名前も、会社の名前も伏せた。しかし意外なところでそれらが白日のもとに晒された。
「これ、萩野塾長の声ですね。私、この会社でとんでもない量のサービス残業をさせられていました」
「萩野塾長、生徒に体罰を加えています。私が勤めていた頃は宿題をやってこなかった生徒を青あざができるほど殴っていました。生徒を恐怖で支配しているから、親にも言い出せないんです。そういう子は」
「この会社、最近外国人向けの介護の学校を立ち上げていますけど、その裏で違法にビザを取得させて人手不足の介護事業所にあっせんすることもやっています」
芋づる式に暴かれていく所業に対し、マスコミも黙っていなかった。ワイドショーではこの会社のことが連日取り上げられ、萩野は自社のホームページを閉鎖してしまった。
「いろいろ大変でしたね」
今日は定期的な通院日。濱口先生にことの顛末を伝えると、先生はこうねぎらってくれた。
「新聞社につとめていて日々抑圧されていた自分を、やっと今回迎えに行けた気がします」
私がそう告げたとことで、スマートフォンが鳴った。見覚えのある番号だ。萩野がきっと文句の一つでも言うために電話してきたのだろう。
「すみません。ちょっとだけ失礼します」
私はそう言って通話終了の赤いマークをタップした。そしてすぐさま着信拒否設定をする。
「まさかここまで酷い会社だとは思いませんでした。行かなくて本当によかったです」
「そうですね。またきっといいご縁がありますよ。ゆっくりやりましょう」
濱田先生は笑顔でそう言い、処方箋と予約シートをプリントアウトした。
「とりあえず、また2週間後に来てください。勿論、しんどいときには予約なしで来てもらっても構いませんからね」
「わかりました」
私はそう言い、診察室を後にした。
会計を待っている間に、再びスマートフォンが震えた。私は一旦院外へと出て電話をとる。
「株式会社エス・ケーの人事部の田中と申します。面接に来ていただきたくて、日程を相談したいのですが」
「ありがとうございます。とりあえず、今週中でしたら今のところは日程は空いています」
「では金曜日の午後2時にお越しいただけますか?」
「かしこまりました。よろしくお願いします」
私はそう言い通話を終える。
「さぁ、気持ちを切り替えよう」
私は自分自身にそう言い聞かせた。爽やかな風が私のそばを通り過ぎていった。
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