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若隠居、逃走する(5)
食後、僕たちは色々と話を聞いていた。
「太陽自由軍って、どのくらいの規模なんですか」
訊くと、ジルが答えた。
「代表がノリゲ、副代表が私、調達やら食事やらがマリア。この前仲間が負けて養殖場に連れて行かれたから、今はこの三人だな」
聞き間違いかと思って今のセリフを頭の中で反芻し、マリアの顔を見た。
マリアは頷いて、溜め息交じりに言った。
「本当さ、全く忌々しい」
勝てそうにないのではないか、と言いかけ、どうにかこらえた。
そっと他の皆の反応を見ると、幹彦は絶望的な顔付きをし、チビは呆れたような顔付きをし、ピーコ、ガン助、じいはかばんの中に入り込んだ。
「フン。まだ負けてはいないぜよ。ここから盛り返すぜよ!」
ノリゲはそう言いながら、腕の力こぶを見せつけるようにポーズをとった。
「絶望するのはやめたまえ。吸血鬼は確かに強いが、三下なら一人ずつ仕留めてまわればいずれは駆逐できる」
ジルは自信満々に言って、食後の薬を口に放り込んだ。
その自信はどこから来るのか。三下以外はどうするのかが疑問ではあるが、訊いてはいけない気がした。
「きょ、教会のハンターってのはどうなんだ?」
幹彦が話題を振る。
「あいつらは、少ないけど強いよ。弱いのは先にやられて、今残っているのは、凄腕だね。
特に有名なのはふぁんとむ。無口で凄腕って事以外は名前すら知られていないんだけど、気付かないうちに忍び寄って、いつの間にか吸血鬼を討伐してるってことでまず吸血鬼の間で『ファントム』って恐れられてね。中の一人が『ふぁんとむが来る。逃げ』って書き残している途中で討伐されて。だからそれ以来皆がふぁんとむって呼ぶようになってね」
マリアはそう言って、スープの鍋をかき混ぜた。
「へえ。どんな人なんだろうね」
「忍者みたいなのかな」
すると、ジルがムッとしたように言う。
「忍者スタイルはわいのもんや、それやったらかぶっとんねん、おんどりゃあ」
流石は切れ者のジル、キレて人格が豹変した。
が、すぐに戻った。
「吸血鬼の死体は灰になって散ってしまうからな。傷の形から想像することもできないのだよ。本人が言ってくれればわかるのだが」
「そのふぁんとむの相棒も凄腕でね。ノーマローマ。大きな鎌を武器にしているんだよ。あたしに似た陽気な美人でねえ」
そこでジルが水にむせた。
「似てるかね? まあ、人類で女なところは似ている──何でも無い」
マリアはじろりとジルを睨んでから、咳払いをして言った。
「まあとにかく、朝までどうせここから出られないんだ。上で休んでいきな。宿屋になってるから」
マリアが上を指で指して言う。
「あ、じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうか、史緒」
「そうだね」
そう言って椅子から立ち上がった僕たちは、マリアの、
「一泊朝食付、太陽自由軍価格におまけしてあげるからさっきの食事込みでひとり十万グエル。ペットの分は合計五万グエル。
金がないんだったら、何か売れそうな物でもいいからね。一応ツケにしてあげるよ」
僕たちは同時にマリアを見た。
ああ、タダじゃなかったんだ……。
とりあえず二階の客室へと入る。
フローリングの六畳程度の部屋で、窓には厚い生地の古そうなカーテンがかかっている。壁際に二段ベッドが一つと、簡素な机が一つに椅子が二つ。ポールハンガー一つと、クローゼットが一つ。
客室は四つあり、トイレは階段の横にあった。水洗だ。
「ここの貨幣がわからないな。まあ、俺たちがわからないと言っても、持ってないと言っても、連中が疑わないのはありがたいぜ」
「そうだな。何か適当なものを渡そうか。何にしようかな」
言いながら、空間収納庫の中から適当なものを出してみる。幸いなことに、空間収納庫の出し入れや身体強化は使えたのだ。
この世界にないものだと不自然だから、これまで目にしたものから類推して、調味料などがいいか。それとも小麦粉とか。
「収納バッグとかなさそうだし、持っていたって言ってもおかしくないものでないとなあ」
「そうだよなあ。にんにくとかよさそうだけど、においがしてなかったって言われるとな」
「似たような世界に見えても面倒だな」
チビは飽きたように言って、大きく伸びをした。
「それより、どうしたものかな。魔術が使えんとは」
それに、僕たちは一気に現実に引き戻された思いがした。
「なんでかな。魔術の発動を阻害する何かがあるのかな」
ううむと考えるが、実験などができるわけでもないし、わからないだろう。
「家まで転移で帰れるのか?」
チビが言って、全員が、
「あ……」
と動きを止めた。
「た、試してみよう」
やってみる。
「……だめみたいだ……」
やや血の気が引いた。
「いざとなったら転移すればいいというわけにはいかんか」
「これは、思ったよりも大変かもしれねえな。吸血鬼がいるってことも考えれば」
全員の重い溜め息が重なった。
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