456人が本棚に入れています
本棚に追加
/279ページ
白い子犬とアイドル探索者
「海に来たのなんて何年振りかな」
幹彦が潮風に髪をかき上げて爽やかに笑う。
「僕は去年の年末が最後だな。河口付近で遺体が発見されて、呼ばれたんだよなあ」
遠い目をしながらフッと笑う僕。
「それは、ちょっと違う」
幹彦は言った。
北海道のダンジョンに入ると、縦穴型だった。地下室と同じタイプだ。
穴の壁沿いにらせん状に階段があるが、所々途切れている。その途切れた所に横穴があって、そこが2階やら3階やらになっていると聞いた。
真ん中の穴部分の底は見えない。
らせん階段を下りて、初めの横穴、1階に入ると、磯になっていたのだ。
「黒いものが落ちているぞ。栗か?」
チビがウニを発見して言った。
「ああ、あれがウニだよ」
「あれがあの、オレンジ色の甘いとろけるウニなのか?」
チビは半信半疑という感じでウニに近寄り、チョンと突いた。
そして勢いよく飛び退る。
「チビ!?」
そうだ、大人しい海産物ではないのだ。ここにいるのは、魔物なのだ。ウニは全身を覆う針を飛ばして攻撃して来た。
「む。危ないところだった」
チビは低く唸って、おちょくるようにからだを揺らすウニを睨みつけた。
しかし見た目は、子犬がウニを警戒しているだけだ。何ともほんわかとしている。
つい、僕も幹彦も、微笑みを浮べてその光景を眺めてしまった。
「おい」
チビに低い声で言われ、我に返る。
「ああ、はいはい」
「わかってるぜ、チビ」
僕達はウニを凍らせ、殴り、いくつもウニの詰め合わせを手に入れたのだが、それを見かけたほかの探索者たちが、「かわいい白い子犬が磯遊びをしている」と微笑ましく見ていた事に、僕達は誰も気付いていなかった。
だから、
「ちょっと!」
と剣のある声をかけられた時、僕達は、自分達の事だと思っていなかった。
「次に行くかぁ」
「そうだな。ウニはもうこんなものでいいかな」
「ワン!」
そして2階へと歩きかけた時、乱暴に僕達の進路を塞ぐようにそのチームが割り込んで来て驚いた。
「無視する気?」
4人組のずいぶんと若い女性達だった。
僕達を睨みつけているのは、短剣を両手に持つ小柄な女の子と剣を持つ金髪の女の子、背の高い大鎌を持つ女の子だ。杖を持つ女の子は、見るからにオドオドと慌てふためいた様子だった。
「え、俺達?何か?」
幹彦はケンカ腰の彼女らに、まずは穏やかに話しかけた。
小柄な子が、目を吊り上げる。
「何かじゃないわよ。遊びに来てるの?子犬なんか連れて」
僕と幹彦は、揃ってチビに目を向けた。
家の近くや協会の幹部ではチビの事が知られているが、知らない人からすれば、確かにただの子犬だ。しかし初めての言われようだ。
「鑑札も付けてるけど」
チビの首には、大きくなった時は首輪も大きくなるようなものが異世界ではあるので、向こうで手に入れて来たものを首輪として使っている。それに探索犬である事を示す札がかかっている。
「犬を魔物にエサとして投げたりする気?」
剣の女の子が目を眇めて言うのに、僕達は目を丸くし、首を横に振った。
「まさか!」
「そういう発想するなんて。怖いな」
「ワン」
短剣の女の子が歯をむきだすようにして嗤う。
「じゃあ、子犬に危ない狩りをやらせて安穏としてるわけだ。情けない」
僕も幹彦もチビも、首を傾けた。
この子達は何を言ってるのだろうか?
「はわわわ。ヨッシーもビビアンも落ち着いてくださいぃ」
杖の女の子がそう言うが効き目は全くないし、大鎌の女の子は黙ったままそこに突っ立っている。
「何を勘違いしてるかわからないんだけど。
もしかして、いちゃもん?」
幹彦がイライラを抑えるようにして言うと、周囲の探索者から声が上がる。
「クローバーに、いちゃもん!?」
「何を言ってるんだ!」
「動物虐待か!?」
「でも、探索犬の鑑札があるんでしょ?」
「クローバーの皆がそう言ってるんだから間違いないんだよ!」
どういう事だ?僕と幹彦は、戸惑いながら周囲を見回した。
「クローバー?何それ?知ってるか、幹彦」
「いや、知らねえ」
僕達はこそこそと話していたが、聞こえていたらしい。聴力を強化できる人でもいたのだろう。
「クローバーを知らない?お前らペーペーの探索者だな」
1人がそう声を上げると、周囲に
「新人かよ」
「それでクローバーに楯突くなんて」
などという声がさざ波のように広がった。
僕も幹彦もチビも、気分が悪いという顔を、隠す気もなくなっていた。
「あなた達は何ですか。抗議したいなら、協会を通して正式にお願いします。これでは単なる言いがかりでしかないし、そんな事に付き合う義理はありませんから。
失礼」
僕達は見物人という包囲網を破って、そこを離れた。
背後で、
「逃げるのか!?」
「卑怯者!」
という声がしたが、取り合う気はない。
さっさと次へ行こう。
最初のコメントを投稿しよう!