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解体実習
「よく冷静に対処できましたね。たまに出るんですが、力も強かったでしょう」
説明を受けた、合流地点でもある入り口前のテントへ戻ると、自衛官や講師が驚いた顔で持ち帰った遺体を見た。
「いやあ、チビがやったんですよ」
そう言うと、皆、チビを見てしばらく黙った。
「まさか」
猟師の人達がチビをしげしげと眺め、ポツリと言う。
「兄ちゃん。こいつ、本当に犬か?」
僕と幹彦は顔を見合わせた。
「犬でしょう?」
「犬じゃないのか?」
「でも、こいつらが怯えるんだけどなあ。こいつを前にすると」
猟犬たちが、落ち着きなく鳴き、ソワソワしていた。
チビに目を戻すと、チビは真っすぐにこちらを見上げ、尻尾を振っていた。
「いや、犬です。チビは犬ですよ?犬にしか見えないでしょう」
どう見ても犬だ。
「まあ、それはともかく。解体しましょう」
グループごとに持ち帰って来た遺体を並べ、自衛官の手本を見た後、自分達で解体するのだ。
ネズミを使うようだ。
流石にこれまでして来ただけあって、慣れてはいた。
見ていた実習生たちは、興奮していたり、嫌そうな顔をしていたり、硬い顔付きをしていたが、胸を裂くと言葉を発する人がいなくなり、数人が顔を覆った。そして心臓を開くと、数人が貧血を起こしてしゃがみ、数人が口を押えて走って行った。
「解剖実習で倒れるのって、男子が多いんだよな」
懐かしく思いながらそう言うと、
「この要領でやってみてください」
と言われ、グループごとに分かれて解体を始める事になった。
「幹彦。これ、やってもいいか?」
ゴブリンを指す。
幹彦は頷き、
「むしろ頼む」
と答えたので、嬉々として取り掛かることにした。
見たところ、ネズミの魔物の体は、心臓の中に魔石と呼ばれる石があるほか、変わりはないように見えた。ならば、ヒトとヒト型の魔物を比べてみたいのだ。どこがどの程度似ていて、どこが違うのか。
教科書には「ヒトとほぼ同じ作り」とは書いてあったが、心臓のどこにどのように石ができているのかは書いていなかったので、そこが気になる。
遺体を見下ろし、まずは黙とうする。死者へ対する礼儀として、いつもしている事だ。
そしてまずは観察する。皮膚の硬さはヒトよりも多少硬いようだ。身長は子供程度だが、これでも成人しているのだという。
形はヒトと変わらず。皮膚の色は緑色で、まだ死斑は浮かんでいない。首には大きく深い刃物による傷があり、傷口にはヒトと同じ生活反応が見られる。
胸に刃を当てて真っすぐに下へと滑らせ、へそを迂回させて恥骨まで切る。次は鎖骨の辺りに横に十字になるように刃を入れる。そして、その角をピンセットでつまんで、皮膚を剥がしていくのだ。
しかし今は、解剖するのではない。知りたい欲求はあるが、仕方がない。
切り込みを入れて開くと、脂肪層はかなり薄い。筋肉層は平均というところか。
そして肋骨を大きな植木ばさみのようなもので切り取り、臓器を露出させる。
心臓、胃、十二指腸、肺など、確かにヒトとの差異はあまり認められない。これは驚くべき事だ。それでも、胃は小さく、胆のうは大きく、肺も大きい。生活様式の違いからの差だろう。
心臓は、ヒトでいうなら心肥大とでもいうべき大きさだが、脂肪が巻き付いているわけでもない。
持ち上げてみる。
「やっぱり重いな。同じ大きさのヒトの心臓に比べても、1.5倍はあるかな。石の分の重さか」
呟いて、心臓を置き、心臓と、心臓にくっついているこぶのようなものに順に刃を入れる。
血が溢れ出す中から左右の心室と心房が確認され、石はくっついたこぶのようなものの中に形成されていた。
持ち上げてみる。血管がつながっているわけでもない。
腎臓結石などと同じ物だろうか。
「石ができるのと魔石ができるのは、同じ原理なのか。
だとしたら、尿道とか別の場所にも石ができることもあるのか?」
ブツブツと言っていると、幹彦が嫌そうに言った。
「もし尿道結石みたいな場所にできてたら、解体して取り出すの、嫌だぜ」
「……まあな。慣れてないとハードルは高いかもな」
心臓につながる血管は、見たところヒトと大差はない。
この「魔石」とはなんだろう。ヒトとは違う何かをため込むもので、その何かとは地球にはないものであり、検知も現時点では難しいものだ。
なので、それをどうやってここに貯め込むのか、現時点ではわからない。
大体、秘密の処理をして水に浸けると発熱するというとんでもない危険物だ。そんなものを体内に有するなんて、生物として危険ではないのか。進化の過程上、不自然とすら感じる。
まあ、そういう調査は、専門の部署がやっているのだろう。せいぜい、それが開示されるのを楽しみにしていよう。
僕は石を横に置き、心臓を縫い合わせて元の位置に置き、肋骨を置いて筋肉と脂肪を元に戻し、丁寧に、しかし素早く縫い合わせた。
遺体は、後で痛いとも言わないし、傷口が乱れていると文句も言わない。それでも、丁寧にきれいに縫い合わせるのは当然の事である。
きっちりと閉じ、ふうっと息をついた。
そんな僕に幹彦に声をかけた。
「流石だな。でも、史緒。閉じる必要はなかったんじゃないか」
「あ」
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