春巻き

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春巻き

 疲労を残すのは良くない。わかっていても残ってしまうように、悲しい事に人間は段々となっていく。 「今日は春巻きにしよう」  僕はプランターから名前も知らない野草の葉を摘み取った。  ダンジョン実習はそれなりに疲れた。やはり集中の連続だった事が大きいのだろう。  そんな時には、この野草の葉だ。生だとかなり苦みが強いのだが、加熱すると苦みが和らいでほろ苦くて美味しい程度になって、食べたその時に体が軽くなるように感じるのだ。  最初はプラセボ効果なのではないかと思ったのだが、何も言わずに幹彦に食べさせてみたら、知らないはずなのに幹彦がそう言い出したので、これは民間薬的な植物なのだろうと、「元気草」と呼んで重宝している。  チビが苗ごと引っこ抜いて持って来たものだが、無事に根付いて、ありがたい事に数も増えている。  たくさん食べなくても体感が得られるので、食べ過ぎは危険かも知れないと思い、1人2枚から3枚だ。 「ゆでたら苦みはましになるけど効果はやや薄いんだよなあ。水溶性なんだろうな」  天ぷらが効果も残って味も良くて一番なようだ。なので、これを巻き込んだ春巻きにしよう。  春巻きの皮にスライスチーズを置き、チビが獲って来た鳥をゆで鳥にして裂いたものを乗せてひと巻きし、元気草を挟み、巻く。そして巻き終わりを水溶きの小麦粉で閉じる。  元気草が外から青々と透けて見える。  あとはレタスとトマト、ポテトサラダを添えておこう。  考えながら下準備をしていたが、青々とした元気草をしげしげと眺めた。聞いた事もないし、図鑑にも載っていない野草だ。しかしこれに、随分助けられて来た。 「明日は免許証の発行手続きをした後午前中はほかのダンジョンの特色を習って、午後に免許証を受け取っておしまいか。  長いようで短かったな」  洗濯物を畳んでいた幹彦は、うきうきと声を弾ませた。 「免許証を受け取ったら、武器と防具を買いに行こうぜ」 「そう言えば、あの剣はどうしよう。幹彦さえよければ使ってくれたらいいんだけど」 「え、いいのか?」 「うん。僕は薙刀の方がいいからなあ」 「うおっ、やった!サンキュ!」  幹彦は嬉しそうにニタニタした。  日本刀を武器にと希望する日本人は多いのだが、日本刀は横からの力に弱いので魔物相手に連戦するのはきつそうだと幹彦は見ていた。なので、実際に日本刀を使う探索者の感想を聞いてからと考えていたのだ。  でも、おもちゃじゃないとしたら、そんなものがどうして穴の底の箱の中に入っていたのかがわからないな。  そう考えながらも、いまから所有者を名乗る人も現れないだろうと、開き直る事にした。  翌日、朝から順番に証明写真を撮られ、免許証申請書類を提出し、僕達受講生は最後の講義を受けた。  日本のほかのダンジョンも海外のダンジョンも各々特色があるが、段々と魔物が強くなっていく事と、どこもまだ攻略が済んでいない事だけが共通している。  そして、わかっているだけの魔物と植物の種類と、植物を採取する場合の注意点などを教えられ、講義は終了した。  受講者は皆、講義どころではないと集中力に欠けた様子を見せていたが、免許証を作る時間稼ぎの講義だと講師も割り切っているのか、何か苦言を呈する事も無かった。  僕もやはり、免許証がどんなものかは気になる。  そわそわする幹彦と並んで、順番を待っていた。  おかしな事になっているのだと、ついぞこの日に知るとは知らずに。
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