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若隠居、逃走する(2)
穴のあったのは村はずれの廃教会といった感じの一部だが、その村も、壊れた小屋や枯れ果てた畑しかない廃村だった。小屋の大きさ、ドアの位置やサイズからして、僕たちと同じような大きさの生物がいると推測されるが、ただのひとりも見当たらない。
街道なのか道はあるが、土を固めたもので、車輪の作る轍も見当たらず、雑草と小石が転がっていて、手入れされていないことが明らかだった。
「まさかとは思うが、滅びた世界とか言わねえよな」
幹彦が冗談めかして言うが、冗談には聞こえなくなってきた。
人がいない代わりに、雑草は生えているし、動物は多く繁殖しているようだ。ただ、魔物は今のところおらず、普通の動物ばかりだ。そして、魔素はない。
どこか不安になりながらも歩き続けていると、どこかから鐘の音が三つ聞こえ、町が見えてきた。
「町だぜ! 人がいるぞ!」
幹彦が安堵した声を上げる。
近付いて行くにつれて、色々なものが見えてきた。歩いている人は、僕たちと同じように見える。服装もそう大差ない。建物は三階建てや二階建てのビルが並んでいる。
食人には見えないから、聞いていた食人とはまた違うのだろうか。
通りには、徒歩の人々以外に、自転車と小さい三輪トラックがあった。
電柱や街灯はない。
「何か、昭和時代にタイムスリップしてきたみたいだなあ」
小声で言うと、幹彦も小さく頷いた。
「そうだな。服装以外はそんな感じだぜ」
行き交う人々は皆急ぎ足で、近くの建物の中へと入っていくと、鍵を閉める音がする。
「もう戸締まりか?」
チビが戸惑うように言ううちに、通りを歩いていた人々は走るようにして建物の中へと消えていく。
「えっと、これは僕たちよそ者が来たから警戒しているとかかな?」
言ったとき、町の中央付近にあった時計台の鐘が続け様に五つ鳴り響いた。それで、残っていた人は、すっかりといなくなってしまった。
「何だ? どうも変だぞ?」
幹彦が言いながら警戒すると、チビがすかさず答えた。
「げーむでは、この後ゾンビとか化け物が出てくるのがお約束というやつだな」
「本当にチビ、すっかり日本の生活に慣れきったよね」
苦笑を浮かべた。
そのとき、幹彦とチビが同時に同じ方を見た。
「何でやんすか」
「誰か来る。魔物か?」
「これまでいなかったのにな。まさかここには、夜しか活動しない魔物しかいないのか」
幹彦とチビがそう答えながら、警戒を強めていく。
薄暗かった周囲は一気に暗くなり、街灯もないので視界がきかない。
それでもその中から、二人組の青年らしい人影が近付いて来るのがわかった。
「魔人か?」
幹彦が言いながらサラディードをいつでも抜けるように構え、チビは体を低くしていつでも飛びかかれるように構えた。
その人影は表情などもはっきりとわかるくらい近くまで接近してきた。
年はどちらも二十歳前後だろう。ズボンと長袖シャツを着て、片方の男はピアスをしていた。どこにでもいそうな青年たちに見える。
だが、顔色が異常に悪い。血の気がないような白さだ。
「いたぞ」
「健康そうな若い男ふたりか。ついてるぜ」
「ああ。まったくだ」
彼らはそう言ってニヤリと笑い、両手を突き出すようにしてこちらに襲いかかってきた。
「うわあ!」
その動きは速く、辛うじてその手から逃れる。
「なんなんですかあなたたち! 僕たちはただの隠居ですよ!」
言いながら、軽く牽制程度の風を放つ。
いや、放ったつもりなのに、不発に終わった。
「え?」
幹彦はサラディードで軽く斬りかかった。
肩を薄く斬り付けたのだが、あっという間に塞がってしまう。
「はあ!?」
チビも魔術を放とうとしたらしいが不発に終わったようで、やや焦ったように言う。
「例の侵入者の仲間のようだが、どうもおかしい。とにかくここは、逃げるぞ」
それで僕たちは逃げだし、その後を青年二人がニタニタ笑いながら、
「待てよ、大事なディナーが」
「養殖もいいけど、天然ものに限るぜ」
と言い、追いかけてきたのだった。
「養殖!? 天然!? 何のこと!?」
「いいからとにかく逃げろ!」
チビに叱られつつ、僕たちは必死に走り、わけのわからないままに追いかけっこがはじまったのだった。
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