若隠居、逃走する(6)

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若隠居、逃走する(6)

 翌朝、マリアに料金代わりの小麦粉と銀塊を差し出してこれで大丈夫かと訊けば、もちろんだと言われておつりの十七万グエルを返され、ロールパンと水ぎょうざのような包み焼きを入れたスープとベーコンエッグと生野菜のサラダを出された。  チビたちにも同じように出してもらった。 「いいかい。夕方、鐘が三つ鳴ったら必ず建物の中に入って鍵をかけるんだよ。必ず中央の鐘が五つ鳴る前にだよ」  マリアはくどくどと念を押すようにして言い、僕たちはその迫力に押されるようにうんうんと頷いた。  ノリゲとジルは「夜勤」を終えて、夜明けと共に寝てしまった。  僕たちはとりあえず昼間は町の中を見て歩くと言ってあり、これから出て行くところだった。  そのときドアが開いて、マリアは声を張り上げた。 「いらっしゃい。  ああ、噂をすればだねえ」  僕たちが振り返ると、フード付のマントを着た女性二人がいた。片方は大きな鎌を背中に背負い、片方はフードを目深に被っている。 「やっほー、久しぶりい」  大鎌の方が明るく言う。 「久しぶりだね、ノーマローマにふぁんとむ。ケガもなさそうだし、安心したよ。  紹介するよ。昨日話した凄腕のハンター、ノーマローマとふぁんとむだよ」  大鎌がノーマローマで、フードを被った方がふぁんとむということになるだろう。 「どもー、よろしく。ノーマローマだよー」  ノーマローマが明るく笑いながら片手を上げる。  聞いていた通り、明るいし、美人だ。 「こっちがふぁんとむ」  ノーマローマに指されふぁんとむは軽く頭を下げた。 「どうも」 「愛想がなくてごめんねえ」  にこにこして言うその姿は、吸血鬼を狩る凄腕ハンターという想像からかけ離れていた。 「いいえ。俺は幹彦。こっちは史緒。それから、チビ、ピーコ、ガン助、じい」  幹彦が言うと、マリアが補足する。 「この子たち、どうも小さなコミュニティで生まれ育ったみたいでねえ。それも、色々と教える前に大人が死んじまったみたいで、何も常識を知らないんだよ。昨日の夜、三下の吸血鬼に追いかけられていたところを保護したのさ」  それを聞いて、フードの下からふぁんとむはこちらへと目を向けて凝視し、ノーマローマはへえと声を上げた。 「どこに隠れ住んでたの? そんなコミュニティがまだあったなんて驚きだわあ」  僕たちはなるべく愛想の良い笑みを浮かべ、チビは尻尾を振ってアピールした。 「俺たち自身にもよくわからなくて。な?」 「そうです。はい」  僕たちは言い、ふぁんとむとノーマローマがそれを信じたかどうかは不明だったが、 「まあいいわ。吸血鬼でもなさそうだからどうでも」 と興味を失ったように肩をすくめた。 「まずはロウメーンはどうだい」 「にんにく抜きでね」 「私もにんにく抜きで」  二人共がそう言いながらカウンターに着くのを横目に、僕たちは外に出た。  町を出て、最初の廃村の中にあった穴まで戻る。  その途中でイノシシ、ウサギ、トリを見つけて仕留めたが、やはりどれも普通の動物だった。魔石も当然ない。  そして穴の中に入っていき、そこから転移魔術を試してみた。 「できたぞ、フミオ」 「できたな、史緒」 「できたね、幹彦、チビ」  僕たちはこの穴の魔界側の入り口に転移が成功し、それならと再びアルゲラルド側へと転移を試みた。どの辺ならできるのか、実験だ。  そうして何度か試した結果、アルゲラルド側の入り口から五百メートルほど奥なら魔術が使えることがわかった。 「何でだろうな。魔素の問題だけじゃないみたいだ。まあとりあえず、空間収納庫だけは使えるから助かるけど」 「それも使えないとなれば、大荷物を持って移動しないといけないから不便になるところだったぜ」  胸をなで下ろしながら、とりあえずはそこに座り込んで相談を始める。 「これからどうしよう。とりあえず、例の侵入者は間違いなく吸血鬼だね。魔術は使えないし、傷はすぐに治るし、困ったな。戻って誰か応援を募る?  でも魔人だと、魔素のないこの世界じゃ、吸血鬼と戦うどころか動くのも大変だろうしなあ」  言うと、幹彦は不敵に笑った。 「元々は剣の腕でやっていこうと思って探索者になったんだ。原点に帰ったようなもんじゃねえか」  チビも神妙な顔つきで頷く。 「うむ。それにあのチャーシューはこれまで食べたどのチャーシューよりも美味かった。フミオ、できれば撤退までに作り方を訊いてくれ」 「ああ、もちろんだよ」  実は僕もそれを考えていたので、異論は無い。 「でも、吸血鬼はどうするでやんすか」 「昼間だけ外に出て寝ている吸血鬼をやっつけて、夜は家に戻るといいんじゃないかの」 「追いかけてきたやつらに、仕返ししたいー」  ピーコが怒ったように言うと、皆、「確かに」などと呟く。 「リベンジ、してやりてえよな」 「うむ。逃げたままというのは、名がすたるというものだな」  幹彦とチビが、そう言って笑い出した。そればかりか、ピーコ、ガン助、じいまでもが、 「岩が吐けなくても、転がってアタックしてやるでやんす」 「つつきまくって髪の毛をむしってやるー」 「ここに引き込んで一網打尽にしてやればいいんじゃないかの」 と、その気になっている。  これはもう、決定だな。 「よし。あいつらに一矢報いて、チャーシューの作り方も教わろう」  そう決まった。
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