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滝本 鋼鉄
滝本 鋼鉄(たきもと こうてつ)は、通常は県庁で住民登録の窓口業務をしている。公務員である。8時半に出勤し、17時には帰宅する。
基本、残業を許さない部署なので、必然として鋼鉄も定時で帰る。
鋼鉄は40歳。男性としては整った顔つきで、身長は180cm。体躯は引き締まり、合気道を中学校から習い始め、現在は師範の腕前を持つ。
鋼鉄は早くに父親を亡くし、男親の手本がいなかった。そのせいか小学校から中学にかけていじめられていた。
そんな鋼鉄を見て、父親代わりの叔父の錬鉄が合気道を教え込んだのだ。
17時ころの帰宅時だと、まだ、中学生や高校生が沢山帰宅している時間帯だ。中小規模の鋼鉄の住む地域は中学校も高校も数はそこそこあるし、学業のレベルも高いところから低いところまである。
いわゆる進学校から、ヤンキーもいる中学、高校もある地域なのだ。
鋼鉄は仕事が終り、県庁を出ると比較的近くにある大型のショッピングモールに寄り、トイレで着替える。
今どきは県庁でも服装にはうるさくはない。しかし流石に男性は上はYシャツで通勤なので、もっと動きやすく、目立たない服に着替えるのだ。例えば速乾性や伸縮性のある地味目のスポーツTシャツやPシャツに。
ズボンは今は通勤用でも使える伸縮性のある良い素材の物があるので、もっぱらそれを愛用している。そして、仕上げに度の入っていない伊達の眼鏡をかける。
簡単な変装だが、みんな案外気づかないものだ。実際鋼鉄が何度かヤンキーにつかまっている、近所の親しい娘や息子の同級生を助けても誰も鋼鉄とは気づいていない。
そう。鋼鉄は、帰宅時間帯を守るヒーローなのだ。
ヒーローの仕事はボランティアなので、収入にはならないが、昔、自分がいじめられていたことを考えると、どうしても見て見ぬ振りができないので、自分でヒーローの時間を決めてあるのだ。就業から19時を目安に鋼鉄はヒーローになる。
帰宅は19時を少し過ぎた頃から19時半頃だ。
鋼鉄のボランティアの方法は少々変わっている。
通学帰りにヤンキーに絡まれている一般の学生を見ると無言で近づいて行って、ヤンキーを怪我のない様にフワッと投げ飛ばし、身振り手振りで、『むやみに人をいじめてはいけない』とヤンキーを説教し、納得がいった様ならその場で開放する。
納得がいかない様なら更に何度か投げ飛ばし同じ説教を身振り手振りでする。
ヤンキーの中には話さない鋼鉄を気味悪がり、怖がって、
「わかりました。もうしません。」
と、去っていくものもいる。
なぜ、鋼鉄は声を出さないのか。それは鋼鉄の声が男性にしてはやけに甲高いからなのだ。せっかく変装をしても声を出したらばれてしまう。近くに同僚でもいたら、一発でばれてしまうだろう。そして、公務員がヒーローを毎日しているなんて知られたら懲戒ものだろう。
たまたま、絡まれている場に会ってしまい助けるならともかく、鋼鉄は自称ボランティアでヒーローをしているので、わざわざ揉めごとが起きそうな神社の境内とか、人のこない、いわゆる不良のたまり場的公園を毎日パトロールしているのだ。県庁に勤めているので、その辺の地理にはとても明るい。
それに、鋼鉄には自分で自分に課しているご褒美があるのだ。
もし、ボランティアが成功した日には、家に帰ったら『練乳』をチュッチュする。
そうエピローグの『練乳がなくなった』のお父さんが鋼鉄だったのである。
イチゴの季節に家族にばれて以来、冷蔵庫には【お父さんの】と書かれた練乳が常に常備されている。そのご褒美を目指して毎日のボランティアに精を出す鋼鉄なのだった。
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