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お買い物に行く前に
広瀬夕子は3歳の長男とお買い物に行く前の約束をしていた。
「広瀬朝日くん。これからお買い物に行くけど、いつものお約束覚えているかな?」
「覚えてるよ。僕の好きなものを一つだけ買ってもいい。お店で開けないで決まったらママの所に持っていく。」
「二つは買わないからね。お約束。」
小さな朝日の手と指切りげんまんをする。
朝日の好きなものは戦隊ものの小さな人形がついたそちらがメインになっているようなお菓子だ。買ってきてもお菓子を食べない子もいると言うが、朝日はお菓子も好きなのできちんと食べる。
殆どの日は朝日は約束通り一つだけ選んで夕子の買い物している所に持ってくる。
でも、そこは子供なのだ。新しいお菓子が入った日には少し事情が変わってくる。
勿論いつものお菓子も人形がついているので欲しいのだが、新しいお菓子も食べてみたい。
そんな日はいつまでも夕子の所に戻ってこないので、夕子が朝日のいる子供のお菓子売り場へ足を運ぶことになる。
しばらく遠くから見ているが・・う~ん。悩んでいる悩んでいる。こっちを持ちあっちを置き、どうしようかと小さい頭いっぱいに悩んでいる。それでも約束を守ろうとしている姿が、夕子にはとても微笑ましい。
朝日がはっと、夕子が見ていることに気づくと急に甘えてきた。
「ママー、ママ、あのね、新しいお菓子があってね、それでね・・・」
「うん。じゃ、今日は新しいお菓子を買う?」
「でもね、お人形のもね・・・」
「お約束は一つだよね。」
夕子はごねられても約束を覆すつもりはない。こういった約束は守らせてこそ意味があるのだ。新しいお菓子は何度でも出てくる。毎回ほしいお菓子も決まっている。新しいお菓子が出るたびに買ってあげていては躾にならないと夕子は考えていた。
自分でほしいものを決めるのもお勉強。あきらめることを覚えるのもお勉強。
ずっと続けている約束だけに一度破ってしまったら、次からも甘えは残るだろう。
大抵の時は、いつものお人形付きのお菓子に落ち着くのだが、この日は虫の居所が悪かったらしい。朝日にしては珍しく泣き始めたのだ。
子供がぐずりだすととてつもなく大きい声になる。特に朝日は元々声の大きい子供なので、泣きだすと買い物しているみんなが覗きに来るくらい声が大きい。
恥ずかしさのあまり、夕子は顔が赤くなるのを覚えた。しかし、ここで朝日を怒っても更にうるさくさせるだけだ。
あまり泣かせていても周りのお客さんに迷惑なので、夕子は買い物かごをレジに預けて一旦スーパーの外に出ようとした。
その時
「お菓子くらい買ってあげればいいじゃないの。」
「おばちゃんが買ってあげようか?」
でた。お節介おばさん。うるさくしたのは申し訳ないけれど、我が家には我が家のしつけ方がある。
それでも、優しい心からのお申し出かもしれないので、笑顔で、
「うるさくしてすみません。今外に出しますので。」
と、断り、夕子は朝日を引っ張るようにして外に出そうとした。
「ちょっと、あなた。私はそういうことを言っているんじゃないのよ。可哀そうだからお菓子くらい買ってあげなさいって言っているのよ。」
いやいや、朝日だけでも今、大変なのに、おばさんもヒートアップしてしまった。
そして、下を向くと、おばさんの言っていることを聞いて、べそをかきながらも、もしかしたら買ってもらえるかも。なんて顔をしている朝日がいる。
「申し訳ないのですが、家で、お菓子は一つと約束してきているので。」
もう一度、おばさんにことわり、朝日を店から連れ出した。
おばさんも、お友達が来て、
「よその家の事に口だすんじゃないわよ。」
と言われ、静かになってくれていた。
さて、外に連れ出し、朝日を椅子に座らせ
「朝日、いったいどういう事なのかな?お約束は?」
「お菓子は一つ。」
まだ、グズグズ言いながら朝日が答える。
「そうだよね。でも決められなかったのね。でも一つは買っていいんだよ。」
「そうしても一つにできない時は買わないっていうのもありかもね?」
私のとんでもない発言に、朝日は慌てた。
「いつものにする。」
即決だ。
お店に戻っていつもの人形がついたお菓子の中から気に入りの物を選び、会計を済ませて帰途についた。
「ママ、恥かしかったなぁ。朝日があんな風に赤ちゃんみたいに泣くなんて。」
「・・・・ごめんなさい。」
「でも、最後はちゃんと決められて偉かったから、ママ嬉しかったな。」
朝日は私の方を向くとニッコリと笑った。
子供らしい素敵な笑顔だった。
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