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「おい、ちょっとこっち来い!」
「い、磯波あんたまだ熱あるんじゃ」
「俺のことはいいから!」
磯波は午前中だけ休んで、昼休みには学校に来た。明らかに、まだ熱があるとわかる赤い顔で。そして私の腕をひっぱって教室から強引に連れだしたのである。――髪の毛が切り刻まれて、ざんばら状態になっていた私の腕を。
「あのクソ女ども、やっぱりかよ。人の髪の毛切るとかマジで許せねえ」
階段の影まで連れ出されたところでそう言われた。私はまだ赤い眼を見開いて言う。この様子だと、彼は明らかに犯人を知っている。
磯波がいなかった十五分休みの時間。私は津田とその仲間にまた話しかけられ、トイレに連れ出されたのだった。その綺麗な髪の毛におしゃれをしてあげる、と言われて。
まさかそれが、いじめだとは気付かずに。
「……ひょっとして、あんた。津田さんたちが私を標的にしようとしてるの、気づいてたの?それで、守ってくれてたの?」
ようやく、繋がる違和感。
「……歩いててボールぶつけてきた時は?」
「あの道の先で、津田たちがお前に水ぶっかけようと準備してた」
「こ、黒板消し落として来た時は」
「気付いてなかったみたいだけど、お前が来る直前に新聞紙引いてた。あのまま踏んでたら大怪我したかもしれねえ。先生が来る直前になったらあいつらも片づけるだろうから、それまで時間稼ぎした」
「か、紙ゴミをぶつけてきた時は」
「今日と同じことするために放課後お前を誘い出そうとしてたから話を無理やり打ち切らせた。放課後にお前に紙ヒコーキぶつけたのも同じ理由」
ごめん、と。磯波は泣きそうな顔で言った。
「去年、うちのクラスでいじめやってた女の子分みたいなやつだって知ってたんだ、津田。あの可愛い顔でやること超えげつねえしガキっぽいんだよ。去年は普通にいじめられてた奴を助けようとしたんだけど、うまくいかなくて……それどころか、あいつのこと俺が好きなんだって噂になって、ホモだって馬鹿にされて、それであいつショックで不登校になっちゃって。……堂々と助けたら、同じことになると思って。五月くらいから、あの女が津田に、お前を排除するように命令出したの知ってたから、それで……」
綺麗な髪なのに、と。磯波はそっと、切り刻まれた私の髪の毛を撫でた。私は別の意味で泣きそうになった。なんて馬鹿なんだろう――こいつも、私も。いつも不自然なタイミングで悪戯を仕掛けられていることにも気づかずに。
助けられていることも、わからずに。
「……ばか」
私は、さっきとは別の意味で泣きそうになった。
「そんなやり方してたら。あんたが嫌われるだけでしょ。つか、熱あんのに無理して学校に来るなよ」
トイレで髪の毛を切られた時は、生まれて初めて向けられる純粋な悪意に絶望した。何でこんな酷い事が起きるんだろう、と学校ってそんな怖い場所だったのかと。
でも。
この世にあるものは、怖いものだけではない。不器用でも、愚かでも、優しいものや綺麗なものはある。希望がまったくないほど、救いようのない世界ではない。
「私、負けないから。……こっそり、スマホで会話録音したし」
「やるじゃねーか」
「うん。私、強いんだからね」
強くなれる、君と一緒なら。
その日私は、心の底からそう思ったのだ。
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