迷い鬼

2/10
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 眼前の光景に裕子は言葉を失った。玄関通路には足の踏み場もないほど、ごみ袋や雑誌や衣類が散乱していた。一歩ずつ歩を進める度に、禍々しい臭気が強まって裕子はえづきそうになった。  ハンカチを取り出して鼻を抑えながら、カーテンが閉め切られた暗いリビングへと足を踏み入れる。そこもやはり、うず高く積まれたゴミの山に埋め尽くされていた。  黄色く変色した壁にもたれて佇む少年の姿が目に入る。 「君、こんな熱い部屋におったら熱中症になるで」  裕子はゴミの山を縫って進むと、カーテンを引き開けてリビングの窓を勢いよく開け放った。熱を帯びた新鮮な外気が吹き込むと、部屋中の埃が細かい粒子となって巻き上がる。  裕子は散々にせき込んでから、もう一度少年に目を戻す。  改めてその姿を凝視して、思わず口元に手を当てた。  よれよれのタンクトップと短パンから伸びる枯れ枝のような手足。まるで強制収容所の捕虜のように少年はガリガリにやせ細っていた。年は四、五歳といったところか…。差し込む夕陽が体のいたる場所に刻まれた青黒い痣を映し出す。  ――この子、虐待されてる……
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!