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裕子は唐突に湧き上がった思念を振り払うように頭を振った。
すぐに少年に向き直る。
「君、ご飯食べてる? お母さん、いつ帰ってくるん?」
裕子の質問は虚しく部屋の埃ともに霧散する。少年はただ俯いて幽霊のように立ち尽くすだけだった。
裕子はため息をつくと、もう一度室内を見回した。ある一点に視線が止まる。チェストの上に写真立てがあった。そこには軽薄そうな男とけばけばしい若い女が写っていた。少年の母親だろう。写真立ての隣には先月の15日で止まったままの日めくりカレンダーがあり、赤いペンで文字が記されていた。
『カケルとついに沖縄! 一か月間の天国旅行!』
一か月? まさか子供を置き去りにしてってことはないよね…?
「――なあ、君、いつから一人で留守番してるん……?」
バチンッ!!
所々に雑草が伸びた庭先。土の上には寝そべって動かなくなった愛犬の姿。タロウは長い舌を垂らして口から泡を吹いている。相当に苦しんでから絶命したに違いない。ご丁寧にも紙切れが残されている。
『ばばあの口臭がする犬は内側から洗浄しましょう』
(ばあちゃん! マチ子の仕業や! 文字はくねくね細工してるけど、この便箋は見覚えあるねん。外国でしか売ってないってマチ子が見せびらかしてたんや! あいつがタロウに洗剤入りの餌飲ませたんや!!)
(ゆう、こっちおいで。ばあちゃんの話を聞き)
(いやや、いやや! もうばあちゃんの話なんか聞きたくない!)
(ゆう、強い恨みの感情だけは手放さなあかん。それはな、呪いなんや。いつか人を飲み込んでしまう)
(飲み込まれたらどないなるん?)
(恨みに飲み込まれた人間はな……鬼になるんや)
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