鉄の人

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 キークが足を踏み出したその時だった。  突然背後から服を引っ張られたかと思うと、そのまま勢いよく後ろ向きに倒れた。  これまでにケトービス以外の全ての民を国外へ追放したのだから、この国にはもう自分以外にいない筈だと言うのに。  キークには何が起きたのか分からなかった。  仰向けに横たわるキークの両手を、小さな手が片方ずつ掴み起き上がらせる。  その手はやせ細っていて骨と皮だけの様だった。 「……お前たちは……」  最後の法廷で、国外追放を言い渡した筈の幼い兄弟だった。  二人は涙を流しながらキークに抱きついてきた。 「……どうしてここに?」 「えーん、キーク様ぁ……」  弟は一心不乱に泣きじゃくり話ができない。   キークは仕方なく兄に問い直した。 「国境を越える前にお城を見上げてみたらこの塔の上にキーク様が見えました。……俺たち、家族は一年前にみんな死んでしまってもう二人だけなんです。……喧嘩をしてももう誰も叱ってくれる人はいなくて。それで、今日キーク様が喧嘩を叱ってくれて、俺たち嬉しかったんです。だから、だから……」 「キーク様ぁ、キーク様ぁ、僕たちが悪い子だったなら謝りますからぁ、死んじゃったりしたらいやだよぉ……。えーん、えーん……」  いつの間にか降りていた満点の星空に二人の幼子の鳴き声が響き渡る。  それは瞬く星々に反射をしてキークの胸を震わせた。  ふと、月明かりの照らす国境の向こうが明るくなってきた。  目を凝らせばそれは無数の小さな炎で、次々と数を増しながらこちらへと向かってくる。  その光はやがて大きな歓声となりキーク達のいる塔の上まで響いてきた。  国外へと追放した筈の人々がみな、キークの名を叫んでいる。 「キーク様、俺たちだけじゃない。みんな、キーク様と一緒に暮らしたいんです。どうか、国外追放の罪を許してくれませんか? それで、これからも俺たちが悪いことをしたら叱ってくれませんか……?」  二人の涙はいつの間にかキークの頬を濡らしていて、いくら法典を読み込んでも感じることのできなかった人の心の暖かさに触れ、キークはゆっくりと頷いた。  もしも神がいるのなら。  人の定めた法典などよりも遥かに慈悲深い赦しを与えてくれるのだろうと、幼い兄弟の頭を優しく撫で強く抱きしめる。  鉄の人、キークは初めて人間として笑顔を浮かべた。 <了>
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