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胸にナイフを突き立てられ事切れたケトービスをしばらくの間見下ろすと、キークは法典を手に王の間を出た。
人のいなくなった冷たい大理石の床にキークの靴音が虚しく響く。
***
これでガリナモ国には私一人となった。
隣国であるリグコへと追放した国民たちには便宜を図って下さる様、若き賢王、ブレサに嘆願書を送ってある。
私の胸の内には救うことの出来なかった人々への自責と後悔だけが燻り続けている。
……もっと早く決意を固めていれば。
人々に不幸を強いる悪法もまた法だ。
法というものは万能ではないのだ。
凝り固まり澱んだ文章の中には感情が込められていない。
このような文章に縛られ一体どれだけの人々が不幸となったことだろう。
このような文章に執われ一体どれだけの人々を不幸としてきたことだろう。
こんな簡単なことに気がつくのに随分多くの時間を費やし、そして多くの犠牲を出してしまった。
平等を気取り正義の名の下に罪を裁いてきた筈なのに、いつの間にか数え切れぬほどの許されざる罪を犯してきてしまった。
せめてもの償いにと、国中の人々を強制的に裁判にかけては裁きを下し、国外へと追放した。
例え道で躓いただけだとしても、どんな些細なことでも罪として裁いてきた。
ガリナモ国の法典では、法廷で言い訳をすればするほど罪が重くなっていくのを利用した。
物心がついた頃から法典と共に生きてきたのだ。
他にも法典の抜け穴などいくらでも利用できた。
もしも神がいるのであれば、贖罪することができるであろうか。
私の罪に、赦しを与えてくれるのだろうか。
だが、私は最高裁判官。
自ら破った法の罰は甘んじて受けなければならない。
***
やがて城で一番高い塔の上にたどり着くとキークは夕陽が沈むガリナモ国を長い時間をかけて見渡した。
独裁者の執政により荒廃しきった愛する故郷。
国境の向こうのリグコはあんなにも豊かだと言うのに。
どうか人々が豊かに暮らせる様。
飢えを恐れることなく、貧しさに心を腐らせることなく、日々を幸せに暮らせる様。
胸の中でこれまで一度も信じたことのない神に願うと、黄昏に暮れる空の中、キークは小さな涙を流し呟いた。
「真理を司る法典よ、私は法を破りました。国王への叛逆は死罪。これより我が人生最後の判決を下します。ガリナモ国最高裁番長キークの名において、キークを国王殺害の罪で極刑と処す」
キークは法典を空へと高く投げ捨てると、それから自らも身を投げた。
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