膝立ちで

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 私と彼は幸せだった。 『ずっと好き同士でいよう』  あの日の約束。  安物でよかった。  お互いの左手首に巻き付く、2人を繋げてくれるおまじない。  何の問題もないように思えた。  ある日、私は一つ、たった一つ過ちを犯した。  つまらない男に言い寄られ、一夜を共にした。  それによって彼との関係が根本的に崩れることはなかった。  ただ、ボタンを掛け違えたかのようにずれた。  彼はブレスレットをつけなくなった。  私が下で、彼は上。  私は膝立ちで彼を愛した。  彼が笑えば、私は笑えた。  甘い言葉に酔いしれた。  愛されたかった。  だから愛した。  たった一言を待ち望んでいた。  いつか、いつかと思うことに意味がないと理解したのは、時が随分経ってからのことで。  返ってくることのない愛を与え続ける生活は、確実に私の心を壊していった。    やめようと私は言った。  彼は泣いて私に縋ってきた。  行かないで、なんて。 「そんな見え透いた嘘つかないでよ!」  バタンとドアを閉め、彼の家を出る。  私はとめどなく溢れ出す涙を止める術を持ちあわせていなかった。  好きな人に好きだと言って欲しい。  ただそれだけだった。  自分の犯した過ちを悔いる。  全てはその時変わってしまったのだ。   フラフラと、足取りもおぼつかない私はマンションの階段を登る。  階段は私の心のようだった。  踏み締めるたびぎりぎりと音を立てて。  階段を登り切ると、開けっ放しの屋上の扉の奥から、生ぬるい風が私の髪をさらさらと撫でた。  ふふ、ありがとう。  するすると紐がほどけるように。  左手首のブレスレットが取れて、私というカタマリが消えていく。  私は昇り落ちた。
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