都橋探偵事情『舎利』

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「須賀、一貫の終わりだな」  須賀が走った。『早いの』親父とぶつかった。信号を無視して平戸桜木通りを渡った。中西も後を追う。反対車線からダンプが来て急停車した。 「ばっきゃろう」  懐かしい罵声に笑った。運転手に手を上げた。須賀は野毛の中を走り抜ける。布川は須賀の女が勤めているバーの前にいた。布川が両手を広げた。須賀は転回した。中西がコート翻して迫って来る。 「美鈴、美鈴」  大声で女を二度呼んだ。女がバーから出て来た。 「あんたー」  布川が女を抱きとめた。中西が手錠を掛けた。 「おい須賀、もうしばらく会えねえぞ。時間やる、別れの挨拶してやれ」 「おい刑事さんよ、この封筒渡してくれねえか。女が借金して作った金だ。なあ頼む、金で苦労掛けたくねえ」  中西は封筒を受け取った。布川と視線を合わせる。頷いた。封筒を女に渡した。 「あんたー」 「俺のことは忘れろ」  女が道路にしゃがんで泣き出した。それを見た河豚屋の女将が塩を巻いた。  徳田は野毛の団地で一人住まいである。妻道子と長男英一は道子の実家にいる。仲違いしているわけではないが昨年の依頼で狙われる羽目になった。万が一を考えて実家に預けてある。実家の義父母は大歓迎である。なんならこのまま永久でもいいと笑っていた。実家は画廊で販売もしている。地元私立小中学校に画材も卸している。安定した生活が約束されている。徳田は義父に跡を継ぐなら道子をやると言われた。絵に興味はない。道子が徳田に惚れたのはカッコ付けた危うい男である。跡を継げば二人の関係そのものが破綻する。  自宅で靴を履き替えた。やはり尾行もそれなりの靴を履かなければ恥をかく。いくら履きやすくても見た目が安っぽいとカッコ付かない。今日まさにそれを経験した。『足元を見られた』とは実に的を得ている。店員が靴を見た時の瞬きが忘れられない。  
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