都橋探偵事情『舎利』

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「運ちゃん、都橋分かる?」  鶴見駅を基点としているタクシーだと橋の名前では通じない。 「すいません、新人なもんで」  とうに還暦を過ぎた新人は頭を掻いた。 「桜木町駅は?」 「はい、なんとか」 「その先は案内します」 「どうもすいません」 「謝ることありませんよ、誰でも最初は新人です」  運転手はペコっと頭を下げて走り出した。  根岸線は一昨年の昭和48年に大船までの全線が開通した。磯子行き最終電車を鶴見駅ホームで待っていた。米沢東西署には電話連絡してある。乗り換え時に署と連絡を取り合っていたので伊勢佐木中央署の横田刑事が待っていることを二人共周知している。鶴見駅は利用客が多い、終電でこれだけ降りる客は何処で何をしていたのか、米沢からの二人には不思議だった。 「んだげんと人多いな、こだなよながに電車で帰るげんどはよっぽどの訳があるんだべな」 「仕事納めもあるんだべ。明日がらは東京も人少なぐなる」 「山形の人口より多いんんねが、狭えどごに暮らすてるんだべ、ざまあめはあ」  二人は帰宅を急ぐ客足をやり過ごし空いたホームをのんびりと歩いていた。横田は二人連れの刑事を捜している。 「あのう、米沢からじゃありませんか?」 「はあ?」  身体付きがごついそれらしき若い二人に声を掛けたが外れだった。客足もまばらになって来た。ホーム中央で駅員と話し込んでいる二人の男がいる。一人は黒のコートに黒のハンチング、刑事らしい。もう一人は織縞模様の綿入れ半纏を着ている。頭には毛の付いた鳥打帽、足元は長靴。横田から見ると二人共父親ぐらいの年齢層である。駅員が敬礼して駅舎に戻って行く。二人組が歩いて来る。まさかと思ったがそのまさかだった。
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