都橋探偵事情『舎利』

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「私の勘ですが佐々木幹夫が店を閉めたのは米沢で殺された斎藤嗣治の葬儀に参列するため、もしくは陰で追悼する目的で米沢に向かっていると考えています。それだけテニアンでは深い信頼関係を築いていたのでしょう。同志の死に責任を感じている。これも私の推測ですが佐々木と斎藤、それと対峙する小川グループではないでしょうか。佐々木と斎藤に執念を燃やす小川、その過激な行動を防ぐためにあなたは私に小川捜しを依頼した。あなたは対峙する二つの間にいる。だから悩んでいる。ですが黒木さん、他人を巻き添えにするかもしれない。そうなれば復讐ではなくただの人殺しに成り下がる。教えてください、あなたと金城、名城の関係を」  黒木は重い口を開いた。 「テニアン島が攻略されて間もなく、子供等のために小学校を建設しようと米軍の将校が発案し、兵士達も賛同してすぐに学校建設が始まりました。今の今、戦っている日本の子供等のためにですよ、米軍が。私はこのとき、アメリカ人の心の広さ、敵であろうが子供市民に罪はない、そんな価値観に日本は勝てる道理がないと諦めました。そして教師をサポートする役として当時学生だった私は先生の補佐として動きました。片言ですが英語が話せましたので通訳とは大袈裟ですが子供等の要望などを伝えたりしていました」 「それじゃ金城、名城、そして小川はあなたの教え子ですね?」  黒木が頷いた。 「洞穴では凄惨極まりないことが起きていました。先に洞穴に逃げ込んでいた女子供を隅に追いやり兵隊が占拠したのです。そして玉砕が始まると一部の兵隊は市民の投降を拒みました。洞穴の位置が知れては困るからです。そして泣き止まぬ幼子を母親に殺すよう命じました。どうせ死ぬならと集団自決があちこちの洞穴で起きました。母が子を扼殺する、兵隊の銃を借りて撃ち殺しました。小川や金城、名城の家族も同様です。最後は手榴弾で自決を計りました。男の子たちは偵察をさせられていました。偵察中に米軍に保護された子も多くいます。小学校が開校して間もなくでした。小川は投降した一人の兵隊に飛び掛かりました。米兵が止めました。小川の言い分を私は訳して米兵に伝えました。米兵は頷いて兵隊に正座をさせました。〔OK ボーイ〕 兵隊の頭に銃を突き付け小川に引鉄をひかせたのです。後ろに引っくり返る兵隊に唾を掛ける米兵に「ありがとう」と小川が礼を言っていました」  黒木は当時を想い出して唇を嚙み締めた。
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