都橋探偵事情『舎利』

129/191
前へ
/191ページ
次へ
「何も言わずに受け取って下さい。出来る事なら陽当たりのいい場所に埋葬してあげて下さい」  テニアンの洞穴が頭に浮かんだ。 「教えてください、兄はテニアンのことを何も話してくれませんでした。そうじゃなければこのお金は受け取れません」  洋子はアタッシュケースを佐々木の方に押しやった。 「本来、殺されるのは私であり、お兄さんではなかった。テニアン島でお兄さんはまだ15歳、ですが15歳はもう軍に協力する年齢でした。彼は私の手となり足となり、そして代弁者として働いてくれました。その過程で民間人が亡くなることは珍しくありません。私達は玉砕を計るために洞穴に集結していました。当然民間人の方々が先に隠れていたのは紛れもない事実です。彼等を隅に追いやり我々がいい場所を占領しました。上からの命令で、泣き叫ぶ赤子、そして投降する恐れのある民間人に自害を勧めました。親は泣き泣き子を殺し、家族が固まり手榴弾で自害したのです。それを勧めたのが私です、そしてお兄さんは私の代弁者となり家族に伝えたのです」  洋子は聞きながら涙が流れた。兄がテニアン島のことを話さないわけが漸く分かり掛けた。 「でもどうして兄が殺されるんですか?あんな残酷な殺され方をした兄が可哀そうでなりません」 「洞穴には少年が多くいました。彼等も水汲みやら偵察など我々に協力してくれました。しかし目の前で家族が死んでいく、それを命令した私の代弁者が斎藤君でした」 「それじゃその少年達の復讐ですか?」  佐々木は頷いた。 「少年達は軍に親を殺されたと思っているでしょう。その対象が私と、不幸にもお兄さんだった」  佐々木はアタッシュケースを洋子の方に戻した。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加