都橋探偵事情『舎利』

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「どういうことですか、また罪を犯すとは?」  徳田は黒木の言葉に奥が深いと察した。それに罪を犯すとは聞き捨てならない。 「いえ、失言です。私の思い過ごしです忘れてください」 「そうですか、ならいいんですが」  徳田はそれ以上を追及しなかった。戦中の罪を糺してもどうにもならない。自分が生きるために必死だった。その過程で犯した罪は敗戦と同時に時効となっている。庶民の罪を時効とすることで戦争責任者達が逃げ道を確保した。 「小川さんの親族、知人友人に心当たりはありませんか?」  そう言う関係は既に当たっているだろう。敢えて愚問と心得て訊ねてみた。 「小川は戦争孤児です。集団自決から生き残った者です。彼に家族はいません。私も小川もテニアン生まれです」  テニアンは大正9年から日本統治となった。小川も黒木も親か祖父母が移住者だったのだろう。 「小川さんのご両親、また祖父母の出身地を聞いていませんか?」 「確か福島か山形です。おじいさんの東北訛を覚えています」  それなら親戚はいるはずである。故郷が豊かで移住する者はいない。貧しい暮らしから抜け出るために人生を掛けて故郷を出た。それでも実家を継いだ誰かがいるに違いない。しかし福島か山形だけでは雲を掴むような話である。 「テニアンの小学校で一緒だった他の仲間を教えてくれませんか?名前でも渾名でもいい。女でも男でも構いません」  徳田はメモ用紙を渡した。 「外で煙草を吸ってきます」  黒木に考える時間を与えた。 「探偵、煙草くれ」  スナック『メリー』の日出子が徳田の横に並んだ。ラークを差し出すと口で咥えた。唇と指先が触れた。
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