都橋探偵事情『舎利』

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「お客さんが長距離でこれから長野の諏訪まで走らせる。明け方になるから眠くなったら途中で休憩する」 「あなた、気を付けてね、無理しないでね」 「他に連絡は?」  妻は警察の訪問を伝えるかどうか迷った。だが警察の言い方は重大ではなかった。それに小心の夫はそれが気になり事故を起こすかもしれない。 「うんう、特にありません」 「帰ったらどっか旅行行こう」 「あてにしないで待ってます」  無線でこんな話をしたことがない。人にやさしい言葉を掛けるのは悪い事を隠す裏返しのためでもある。妻は心配になった。  横浜西口、岡田屋の前は昭和50年の幕引きも近く多くの客でひしめき合っている。小川は黒木殺害後すぐに横浜西口に来ている。今夜出来るだけ早く北行の電車に乗り込んで少しでも米沢に近付きたい。金城にタクシー客が押し寄せる深夜と伝えたがもう少し早くすればよかったと悔んだ。小川は警察の張り込みを警戒して駅前ロータリーを遠めに周回している。見た所金城の車はタクシーの行列には並んでいない。三周目に入ると自転車が足にぶつかった。小川が睨みつけると自転車の男は頷いた。名城である。東急ホテルの前を通過して狸小路に入った。そして鶴屋橋の袂で自転車を停めた。小川がその横を通過する。さっと紙袋を手渡した。小川は受け取って駅に向かう。ドクンドクンと心臓が張り裂けそうである。振り返ると名城の姿はもうない。10:50.横須賀線上りを待った。上野で一泊して始発で米沢に向かう。夕方には米沢入りが叶う。佐々木は必ず斎藤の妹に接触するはずだ。それが唯一のチャンスと決めた。  五日ぶりの米沢、空を見上げると星が出ていた。徳田はまず宿探しと焼き鳥屋の角を曲がり前回泊ったホテルに入った。
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