都橋探偵事情『舎利』

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「依頼人て誰なんです?」 「それは言えない、ただあなたのお兄さんを含め殺人を止めようとした方です。もう少し早く私の所に依頼していればそれも叶ったかもしれない」 「その人もテニアン島で兄と一緒に?」 「はい、テニアン島でアメリカ軍兵士達が協力して、保護した日本の子供達のために小学校を建設しました。その小学校で教師の手伝いをしていた方です。彼は子供等の復讐心を理解していた唯一の大人でした。しかし相談には乗らずに中止するよう説得したのです。お兄さんは可哀そうなことをしたが佐々木さんの殺害は止めたい、その一心で私に大金を支払い依頼したんです」  一度徳田に騙されている洋子は俄かに信じることが出来ない。 「私にあなたを信じろと言うのですか?私は兄の家で手を合わせているあなたを信じました。こんな律儀な方がこの世にいるなんて、兄は喜んでいると思いました。でも全部芝居だったなんて」 「あなたからすれば私のことをすぐに信じろと言っても無理かもしれない。でも佐々木さんのことを知らせに来たのはあなた方にとばっちりを受けてもらいたくないからです。そうでなければ警察に疑われているのにわざわざ米沢に戻って来る危険は冒しません。偶然にも佐々木さんと同じホテルにいます。お願いです。佐々木さんには変更を伝えずに式を延ばしてください」 「どうして佐々木さんに伝えては行けないのですか?] 「終わらないからです」  徳田は小川に佐々木を討たせてやろうと考えている。親や兄弟を目の前で自害すること指示した。指示した者は例え国の為に、軍の命令であろうと許せるものではない。徳田も小川と同じ五歳で横浜大空襲に遭い両親を亡くした。爆弾を落とした張本人が目の前に現れればやはり復讐に燃えた。しかし漠然とアメリカを怨んでいるうちに薄れてしまった。薄れていくうちに彼等も命令に従っただけだと諦めた。 「何が終わらないんですか?」 「彼等にとっての戦争です」  洋子は徳田を見つめた。
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