都橋探偵事情『舎利』

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「佐々木さんは悪い人なんですか?」 「小川にとって悪魔でしょう」 「それじゃうちの兄も悪魔ですか?」 「お兄さんは違う、当時15歳、悪魔に操られていたパペットです。自分の意思では逆らうことの出来ない、ある意味一番辛いポジションにいた」 「でも佐々木さんは私が一生掛かっても残せないお金を兄の香典としてくれました。兄のことを一番理解してくれていたと思います」 「金で償える罪ではありません。佐々木さんは横浜に暮らしています。山手の高級マンションで娘さんと二人暮らしです。会社も新たに起こしました、貿易会社です。娘さんと二人で営業しています。戦後テニアン島から戻り第二の人生をスタートさせ成功しました。彼はその幸福に慕っていた。あなたに香典として渡したお金も、彼の財産からすればほんの一部です。彼の手元にあり自由に使える額を持ち出したに過ぎません。娘さんにとっては父親が亡くなっても裕福に暮らせる不動産が残ります。彼が家を売却して娘にアパート住まいをさせて、全ての財産をあなたのお兄さんに香典として渡すならそれは、これ以上ない彼の懺悔だと思います」 「佐々木さんの罪はなんです?」 「忘れたことです、テニアンを」  タクシー待ちの客が途絶えた。一回りしていたタクシーが止まった。 「送りましょう」  徳田が先に乗り込んだ。自宅を確認したかった。 「私は前回利用したホテルで部屋も同じです。決意したら電話をください。警察に知らせると小川は正気を失います。取り囲まれれば誰彼構わず道連れにするでしょう」  5分ほど走った寂しい町で下車した。 「運転手さん米沢まで戻って下さい」  徳田は洋子が二階建てのアパートに上がるのを確認して言った。ホテルに戻り黒木が利用している横浜の安ホテルに電話を入れる。徳田は佐々木が米沢に来ていることを一早く黒木に伝えたかった。    
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