都橋探偵事情『舎利』

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「あなたを巻き添えにしたくないからです。小川と言う男は復讐の域を超えてしまった凶悪な人殺しです。父上一人だろうがあなたと一緒だろうがあいつは手榴弾を爆発させるでしょう」 「私は、父と一緒に死ねるならそれで構わない。父の罪を一緒に償います」  徳田は後ずさった。 「ほうっ、こりゃ驚いた。そういうあなただから父上は黙って出て行ったんです。あなたに賭けている父上の思いが私にはよく分かる。あなたに何かあれば父上は死んでも死にきれない。生きてください、これはお願いだ。それに他の者を巻き込む恐れがあります。小川も父上も、やる方もやられる方も、覚悟をしています。それは果たして正義かと問われたら、違うと言う良心をお持ちだからです。お嬢さん、私は父上の望み通りに死なせてあげようと考えていました。斎藤嗣治の死を知り、自分の代わりに殺されたと思った。そして死の旅路を選んだんです。あなたが小川の人質に取られたら警察は手も足も出せません。それに小川は容赦なく爆破させるでしょう。悪人の思いを叶えさせてしまう。お嬢さん、私に任せてくれませんか?」 「父は死ぬんですね?」 「助ける努力はします」  恵美子は泣き出した。 「私は父上から離れず尾行します。部屋にいてください、電話を入れます」  徳田は部屋を出た。 「コーヒーと食事を運んで欲しい。それとロビーにコーヒーをお願いしたい 」     愛想のない女が頷いた。9:30になって見覚えのある長靴の男がエレベーターから降りて来た。間違いない、あの長靴は前回ここで買った物である。毛糸の帽子に毛糸のマフラーを巻いている。ドアまで行ってまたフロントに戻った。徳田はすかさず後ろに近寄る。 「306の佐々木だが貸し傘はあるだろうか?」 「お待ちを」  愛想のない女が傘を取りに行く。徳田は先に外に出た。佐々木が黒くて大きな傘を広げるとバサッと、大きな鳥が羽ばたくような音がした。      
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