都橋探偵事情『舎利』

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「運転手さんはこの辺りの人ですか?」  金城は頷いた。今発声すれば声が裏返る。佐々木は愛想の無い運転手と思いそれ切り声を掛けなかった。金城の胸は高まっていた。到着した。佐々木は料金メーターを見て300円を出した。初乗り280円、釣りを用意している間に佐々木は降りて歩き出した。金城は佐々木の後を追い掛けて釣りを差し出した。 「あんたも律義な方だ。釣りはチップとして受け取ってくれると私は恥をかかずに済むんだが」  間違いない、指が変形している。テニアンの洞窟で、家族に死ねと手榴弾を渡した男である。 「ありがとうございます」  言ってから愚かさを感じた。家族を殺した男に礼を言ってしまった。 「いいえ、沖縄の方ですね。金城さんて名札が掛かっていた」 「はい」  案の定声が裏返った。佐々木は手を上げてビルに入る。エレベータに乗り込む佐々木は3階を押していた。金城は車に戻る。震えて運転が出来ない。深呼吸を繰り返し震えの治まるのを待った。クラクションを鳴らされた。車寄せに停めているから邪魔である。クラッチの繋ぎがままならずノックしながら走り出す。頬を叩き気合を入れた。  金城は鶴見に実家がある。15年前に知り合いを辿り沖縄から越して来た。既に家族がいる。横浜で知り合った妻と小学6年の娘である。3年前にタクシー会社を辞めて個人タクシーの営業をしている。タクシーは家族の自家用車にもなる。旅行や買い物に利用している。売り上げは不安定だが好きな時間に営業出来る利点がある。 「早いじゃん、晩飯用意してないよ」  稼ぎ時の夕方に戻って来た金城に妻が驚いた。 「ああ、いいよ。蕎麦ぐらいあるだろ」  金城はすぐに電話を掛けた。  
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