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「そんなことを言われても心配でたまりません」
「もう少しの辛抱です。あなたの車で一緒にお帰りなさい」
徳田の言葉に真実味はない。運がよければの話である。小川が捉えられれば佐々木に自由が戻る。その時娘がいれば新たな人生をスタート出来るだろう。しかし娘がいなければこのまま放浪の旅を続けてしまうと徳田は考えていた。親はいい、だがこの娘に悲しい思いをさせたくなかった。佐々木が殺されたら仕方ない。残念でしたと肩を叩いて去るしかない。
「絶対に出ないでくださいね」
徳田は言い残して部屋を出た。娘が捉われて後手に回ることだけは避けたい。17:00.外は雪が深々と降っている。佐々木が出て来た。マフラーを巻き直した。大きな傘をバサッと広げた。徳田は尾行した。行先は分かっている。昨夜斎藤嗣治の妹から聞いた。身内だけの葬儀に参列するためである。徳田は周囲に気配りを欠かさない。警察らしき張り込みは見られない。武器の危険度からして、恐らく小川をあの家に閉じ込める算段だろう。佐々木が花屋に入った。出て来た時には花を持っていない。斎藤宅に届けさせるつもりだろうか。
「花を出したいんですが?」
「はい」
「急で申し訳ないが届けていただけますか?」
「あら先ほどの方と同じことを、事件があった家ですか?」
「ええ、親族だけでね。適当に一万円ほどの生花をお願いします」
「はい、すぐ支度してお持ちいたします。ご芳名は?」
「黒木、黒木良助と」
「ありがとうございます」
「無理言って済まないが急いで欲しい」
徳田は小川に殺された依頼人の黒木の名で供花した。
バリカンで坊主頭にした。渡嘉敷は鏡の前で照れた。借りて着た僧衣を纏い数珠を握った。
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