67人が本棚に入れています
本棚に追加
「班長、日本刀ありませんか、いや天井が低いので匕首の方がいい。自分はガキの頃から居合をやっていまして、自信があります。いざと言うときに飛び込んでホシの腕を切り落とせます。大勢でホシを囲んでも射撃を躊躇っていては先に手榴弾が爆発します。仮に射撃したとして同士討ちになる可能性が高い。
「おい、誰がどびっきり切れる匕首用意すろ。やぐざがら没収すたのでもいい」
高橋が指示を出した。
喪服の女がアパートの階段を下りてくる。両手に大きな袋を提げている。通りでタクシーを待つが大晦日の17:15.に人の動きは少ない。タクシーもほとんど稼働していない。雪も本降りである。肩に積もった雪を身体を震わせて落とした。
「どうすた?駅の方角だら乗しぇで行ぐっすよ」
声を掛けたのは軽トラに乗る小川である。斎藤嗣治を探る途中で顔は二度見ているし勤め先も住所も調べ上げていた。
「すいません、ありがとうございます」
野良着に蓑を付けている姿に安心して手荷物を荷台に載せた。
「さあ、どうぞどうぞ」
片言の山形弁で洋子を助手席に座らせた。
「助かります、タクシー来ないので、遅れてしまうところでした」
「ご不幸だが?」
「はい、親族で、簡単に済ますつもりです」
「これも何がの縁だ、素通りすては罰当だる。斎場まで送るっすよ」
斎藤嗣治宅なら道標は要らない。何度も行き来している。洋子は交通標識が分からない。一方通行の道で「これ右」と言った。
「これは一方通行だから次を曲がります」
急な案内に標準語になってしまった。洋子は一瞬不安に感じた。恰好から第一印象は年寄りだと思ったが運転している横顔を見ると自分とそれほど変わらない年代に見える。兄が手榴弾で殺されることから始まり、探偵には騙される。素直に人が信じられなくなっていた。
最初のコメントを投稿しよう!